第42話 襲来 -4-
・・・水が流れる音がする。
ゴォーーーという強めの音だ。
草の匂いもする。
「ん・・・」
頭がぼーっとしていて、なかなか状況が飲み込めない。
目を閉じたまま身体を起こし、首を左右に傾ける。
身体に痛みはないが、何しろ頭がぼーっとしている。
そうしている間にも、頬に風があたるのを感じ、自分が外にいることだけはわかってきた。
大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐き、全ての空気を吐き終わった私は、ゆっくりと目を開ける。
「・・・ここ、どこ?」
こちらの世界に来てから、私の思考がどこかおかしくなっている気がする。
明らかに自分で足を運んでいない場所に野晒しに放置されているというのに、心のどこかで「ああ、またか」と思う自分がいる。
今までの常識では考えられないことが起きても、この世界ではおかしくないという気持ちの表れだろう。
まあ、
周りを見渡すと、田んぼのような場所を流れる川が滝となる部分、つまり、滝口近くの草地に放り出されていることがわかる。
(しかし、さすがに夜こんなところに放り出されるのはちょっと・・・)
良空を見上げると、雲ひとつない空に三日月が静かに浮かんでいる。
暗いものの三日月にも関わらず、月明かりで辺りの状況を把握することはできる。
辺りは一面の田んぼになっていて、納屋のような建物がいくつか目に留まるものの、明かりが灯っていないところを見ると、やはり納屋なのだろう。
ここからひとりで帰れるのかな・・・などと考えながらもう一度ゆっくりと周りを見渡しても、誰もいない。
「もぉー・・・なんなのぉー」
そもそもなんでこんなところにいるのか、一生懸命記憶を辿ってみる。
「わからない!けど、仕方ない!帰る!」
何も思い出せない自分にややキレて、叫びながら立ち上がる。
と同時に、せっかく滝の近くにいるのならこの滝を見てから帰るか・・・と、滝好きの血が騒ぎ、滝口の方に向かって歩き出す。
頼りにできるのは月明かりだけなので、ゆっくりと慎重に歩を進めていると、頭の上から突然声が聞こえてきた。
「さすがに
慌ててその声の方向を見上げると、白い着物に白い顔、長い黒い髪を靡かせた女の人がふわふわと浮かびながらこちらを見ている。
しかも、額には鉢巻を巻き、両耳のあたりに火のついた蝋燭を挟んでいる。まるで丑の刻参りでもしていそうな雰囲気なのだ。
(うわぁ・・・こっわぁ・・・)
流石に白装束に白い顔はヤバすぎる。ぱっと見でヤバいとわかるその姿に、小さな悲鳴をあげそうになる。
とりあえず見えないふりしてやり過ごそうか・・・いや、無理だな、目が合ったもんな・・・
今度は冷静な自分に笑いそうになる。
そんな驚いたり怖がったり笑ったりの私にイラついたのだろうか・・・
「何を笑っておるのじゃ!」
怒った顔で急に私の顔の前まで近づいてくるから、思わず「ひっ」と短い悲鳴をあげて後退りせずにはいられない。
馬鹿にされたと思ったのか、背後に青い炎が立ち上る。
確かに怖い。
怖くて泣きそうだし、なぜこんな状況に置かれなければならないのかと文句も言いたい。
だけど、人間、恐怖や怒り、ストレスが極限を超えると、感情のリミッターが外れてしまうのだ。
そう。いわゆる「キレる」と言う状態に近い。
日頃「まあ、いっか!」をモットーとして生きている私なので、大抵のことは水に流せるし許せる。
そんなだから「キレる」と言うこととはほとんど無縁の人生を送ってきたのだけれど、自分でもわかる。うん、今、私、キレてる。
「笑うしかないじゃない!!突然こんな世界に連れてこられて、訳も分からず自分の世界にも戻れない!挙げ句の果てによくわからないサイコな女に攫われて、勝手にキレられてる私の気持ちがわかる!?」
まあ、半分は八つ当たりだ。でも、許してほしい。
「とにかくお屋敷に帰りたいの!!ついでに、帰れるなら人間界に帰りたいの!」
大きな声で喚き散らす。
「たわけめ。ただで帰すわけがなかろう。おまえには、やってもらわねばならんことがあるのじゃ。」
サイコな白装束の女はそう言うと、「それはそうと、サイコとはなんぞや?」と首を傾げている。
しかし、それも束の間のことで、すぐにこちらに向き直ると、私に向かってフゥッと息を吹きかけた。
すると、その瞬間、私の周りで青い炎がぐるぐると円を描き、その中に閉じ込められる。
身体は金縛りにかかったように硬直し、炎の輪がじわじわと自身に迫ってくるのを、ただ見ているしかできない。
「さあ、結界を張って見せよ!」
頭の上から声がする。
「滝全体を覆うほどの結界を張るのじゃ!」
(滝・・・?)
サイコな白装束がなぜそんなことを言ってくるのか、理解できない。
でも、やれと言われて素直にやるほどバカではないし、何よりもこのサイコな白装束に腹が立っているので、絶対に言うことなんて聞かない!と思った私は、
「いーやーでーすーーー!」
拘束されて声も出しづらい中、思いっきり嫌そうなそぶりで、ありったけの声を振り絞って叫んだ。
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