第六章 縁結び

第277話 影渡の告白 -1-

夏の終わりの太陽はすっかり暮れかかっていて、森の上空を茜色に照らしている。


私たちはそんな中を、黒悠之守こくゆうのもりの背中に乗り、街の入り口に向かって飛んでいた。

広がる樹海の上を悠然と進むその姿は、さすがに堂々としている。


やがて視界の先に街の入り口の門が見えてきた。

門の近くにいるあやかしたちが私たちを見上げる中、黒悠之守こくゆうのもりはゆっくりと着地する。


「ここまで送ってくれてありがとう、黒悠之守こくゆうのもり。」


私たちが背中から降りると、黒悠之守こくゆうのもりはその巨体を少し低くして、うなずくように頭を下げた。


「いや、なに。人間界とあやかし界の有事を未然に防ぐことができたのは、あるじらのおかげじゃ。こちらこそ、礼を言う。」


すると、隣にいた蒼月さんが、ぽわんという音と共に人の姿に戻った。


「この度は助力いただき、感謝する。おかげで無事に戻ることができた。」


そう言って頭を下げた蒼月さんに、黒悠之守こくゆうのもりは「頭を上げるがよい。」と笑う。

それから、


「落ち着いたら天狗山にもぜひ遊びに来るがよい。せっかく封印が解けたというのに、天狗としか顔を合わさんので退屈ゆえ。」


その言葉に思わず鷲尊わしみことさんを思い出して苦笑いをしてしまう。


そして、黒悠之守こくゆうのもりは、ひとしきり空を仰ぎ見ると、「それではな」と短く言って空高く舞い上がり、そのままふっと白い霧に包まれて姿を消した。


「・・・改めて考えると、すごい存在ですね。」


その場に残る余韻を感じながら、私はぽつりとつぶやく。

私のその言葉を聞いて、蒼月さんと影渡かげわたりさんは微かに笑って、静かにうなずいた。


「では、先へ進みましょうか。」


影渡かげわたりさんが示したのは、さかいの渦がゆっくりと螺旋を描いている中継所への道だった。

色とりどりの渦はまるで万華鏡のように複雑で美しく、異界の境界線を象徴している。


「市ノ街までは、この道を歩けばすぐです。一度通ってますよね?」


影渡かげわたりさんは私にそう尋ねながら前に進む。その後ろを、私と蒼月さんはゆっくりと着いて行った。


「・・・本当に戻ってきたんだな。」


蒼月さんがつぶやき、私は軽くうなずく。

やっと帰って来られた嬉しさと、人間界でしなくてはならないことを思い出すたびに湧き上がる不安が混ざり合って、胸の中にふわりと複雑な感情が広がっていく。


ふと振り返ると、街の入り口が遠ざかっていくのが見えた。


それでも、今はまっすぐに前を向こう。


「早くみんなに会いたいですね。」


私がそう言うと、蒼月さんは静かに、だけど嬉しそうに微笑んでうなずいた。

影渡かげわたりさんもふっと笑みを漏らしながら、前を見据えている。


そうして私たちは道の突き当たりに辿り着き、目の前には見慣れた市ノ街の大通りが現れた。




「とりあえず今日は解散して休もう。お互い色々あって疲れているだろう。」


蒼月さんが影渡かげわたりさんにそう告げる。影渡かげわたりさんも、それにすぐに小さくうなずいた。


「おまえが言っていた説明の機会だが、明日の朝、長老の屋敷に来てくれないか?そこで話を聞こう。」


「はい、わかりました。では、明日の朝、長老のお屋敷に伺います。」


事務的な会話をしている二人のそばでなんとなく大通りを行き交う人たちを眺めていると、影渡かげわたりさんの姿を見た誰かが声を上げ、その場がざわつき始めた。


(そういえば長いこと行方不明だったんだっけ・・・)


番所に来ている子供たちが残念がっていたことを思い出す。


(あの子たちも人間界のお菓子や絵本、また手に入るようになってよかったな・・・)


私は私で影渡かげわたりさんと話したいことはたくさんあるのだけれど、蒼月さんが人だかりが出来始めたことに気がついて、駕篭かごを呼んだ。


「受付処は明日の午後から再開しますね。」


影渡かげわたりさんは、駕篭かごに乗り込む前に人だかりに向かってそう言うと、振り返って私たちにぺこりと頭を下げて、駕篭かごに乗り込んだ。


そうして人だかりも散り散りとなり、しばらく経ってざわつきが収まると、


「では、我々も帰るか・・・」


そう言って、歩き出した。


「なんか・・・ほんの、今朝のことなんですよね・・・?」


蒼月さんのお母さんに呼ばれて、ご実家に伺ったのは今朝のことだ。

それから今回の件についての話を聞いているうちに、蒼月さんの妖力の暴走が起きて、気づいたら九重ここのえと戦っていて・・・

そしてそのまま人間界・・・黄泉比良坂よもつひらさかまで出かけることになって、これまた気づいたら始まりの神社で母とご対面。


なにこのジェットコースター・・・


そんなことを考えていたら、


「ははは、百面相でもしてるのかと思ったぞ。」


と、私を見下ろす蒼月さんは楽しそうに笑っている。


「しかし、そうだな・・・さすがにいろいろありすぎて疲れたな・・・腹も減ったし・・・小鞠殿に何か作っておいてもらうよう、連絡しておくか。」


そう言った蒼月さんは、ささっと伝書を送ると、


「さて、行くか。」


と、私の手をそっと取って、お屋敷までの道を歩き始めた。

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