第24話 あやかしの世界を学ぶ -1-

長老の屋敷に面している大通りはイチノマチのメインストリートだそうだ。

屋敷の門を出たところで、千鶴さんに尋ねる。


「イチノマチってどういう意味なんですか?」


ようやくこの疑問を解消できるチャンスがやってきた。


「どういう意味・・・とは?」


千鶴さんは意味がわからない、と言った顔で私を見る。


「あ・・・イチノマチのイチが、数字のイチなのか、市場のイチなのか、それともまた別の意味があるのか。ずっと気になってたんです。」


すると、千鶴さんはクスクスと笑い、


「そういうことどすか。イチノマチのイチは、琴音さんの言葉を借りると市場のイチどす。この大通り沿いでも色々な場所で交換市が開かれておりますのよ。」


そう言って千鶴さんが指差す先には、賑やかな通りが広がっていた。

木造の建物が並び、妖怪たちが行き交う様子はまるで時代劇の世界に迷い込んだかのようだ。

私の知っている時代劇と違うのは、行き交う人が妖怪ということだけ。


「すごい・・・」


思わず立ち止まったまま凝視してしまう私に、


「ふふ。さあ、行きまひょか。」


千鶴さんに促されて、私たちは大通りを歩き始めた。

通りを進んでいくと、道の脇にたびたび現れる空き地では、妖怪たちが様々な品物を交換していた。

物々交換が基本の取引方法のようで、あちこちで活発に行われている。


「琴音さん、市ノ街の交換市では、比較的何でも手に入りますよ。ただし、お金ではなく物々交換が基本どすから、何か交換するものを持っていると便利どす。」


「なるほど、ありがとうございます。勉強になります。」


交換するもの・・・今は何も思いつかないけれど、みんながどんなものをどんなものに交換しているのかを横目で見ながらふむふむと考える。

そのままいくつかの交換市をやり過ごし、街の奥へと進んでいく。

途中、千鶴さんが様々な妖怪たちに挨拶を交わし、紹介してくれる。


昨日は遠巻きに観察されていただけだけど、千鶴さんと一緒だからか、みんな友好的だ。


「人間なんて久しぶりだねえ。」

「お嬢ちゃんはいくつなんだい?」


そんなやりとりを繰り返しながら、目的地に辿り着く。


「さて、着きましたよ。」


千鶴さんが指差す先に、少しがっしりした門番のいる建物が見えてきた。


「なんの建物ですか?」


看板は立っているけど、私には読めない文字なのだ。


「こちらは番所どす。影さんは日中はここで過ごしはることが多うございます。」


番所・・・なんだっけ。

ああ、警察署みたいなものだ。

時代劇の1シーンを思い出し、何気なく見ていた時代劇がこんなところで役立つとは思わなかったと笑う。


「月影さんは警察官なんですね。」


思わずそう聞いた私に、


「ケイサツカン?何かしら?」


首を傾げる千鶴さんに、


「あ、すみません。悪いことをした人を捕まえたり、争いの仲裁をしたり、そういう感じのお仕事の人です。」


警察官について説明する。

すると、千鶴さんは少しだけ考えてからこういった。


「お仕事とは少し違いますね。この世界にはお仕事という考え方はおへんのどす。」


仕事という概念がない。そんなことで生活が回るのだろうか。

私が腑に落ちない顔をしていたのだろう。

千鶴さんが話を続ける。


「この世界にはお金というものはおへんので、皆それぞれ得意なことをして、それに対して感謝の気持ちとして物々交換が成り立つのどす。」


それで成り立つのか・・・


「え、でも、それで誰からも感謝されない人は?」


自分のことを言っているみたいで若干心苦しくなる。

だって、今の私にここでできることなんて何もないから。


「基本的な生活には困りまへん。皆、菜園や農園を持っていて、食べるものは自給自足で賄えてますからね。自然のエネルギーを元に作り出すことができる者たちもいますし・・・」


へえ・・・それはすごい。

そんな話をしながら、千鶴さんの後に着いて番所の門をくぐる。

玄関を通って広間に入ると、月影さんが妖怪の子供たちに何かを教えているのが見えた。


私たちに気づいた彼は、にこやかに手を振ってくれる。


「千鶴、琴音ちゃん、いらっしゃい!」


その声に、子供たちも一斉に振り向いて、興味津々に私たちをじっと見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る