第337話 つなぐ -6-

あの後、妙にしんみりしてしまって私が何も言えなくなっていると、母がゆっくりと言った。


「お母さんも、お父さんとおんなじ気持ち。」


その言葉で我慢していた涙が溢れてしまい、父が、


「琴音の選んだ相手と会えるのを、楽しみにしてるよ。」


そう言って、少し潤んだ瞳でそれを隠すように自分の部屋に戻ってしまったことしか覚えていない。


そうしてその日は、実家に泊まると伝えていたこともあり、あちらには帰らずに久々に自分の部屋で眠った。




翌日の朝は、いつも通りの食卓、普通の会話に戻り、朝食を終えると、母と出掛けるという名目で陰陽院に向かった。


陰陽院ってどんなところだろうとは思っていたけれど、母が私を連れて行ったのは、東京にある、とある有名な神社だった。


「お母さん・・・?」


鳥居をくぐる母に続いて参道を歩きながら尋ねるも、うふふと微笑みながら参道を進む母。

社務所の入り口で呼び出しのインターフォンを鳴らし、名前を告げるとお迎えの人がドアを開けてくれた。


「こちらにどうぞ。」


浅葱色の袴を履いた男性に案内されて通されたのは、社務所の奥にある事務室のような場所で、


「お待ちしておりました。」


そう言って迎えてくれたのは、40代くらいの落ち着いた雰囲気の男性で、柔らかい笑みを浮かべているが、どこか目の奥が鋭い。

紫の袴にうっすらと紋が入っていることから、上級職と思われる。


母が軽く会釈し、私もその後ろをついていく。

男性は、通された部屋の更に奥の部屋の本棚の前で立ち止まり、懐から出した身分証のようなものを一冊の本に当てた。


すると、まるでスパイ映画のように本棚がスライドして、後ろにドア・・・いや、エレベーターが現れた。

驚きに目を見開く私を横目に、母が小さく笑う。


「ふふ。驚いた?」


驚くに決まっている。

そして、私たちが乗り込むと、エレベーターはゆっくりと下降を始めた。


「地下にこんな施設があるなんて・・・」


私もこの神社には何度か来たことがある。

東京に住んでいる人なら、名前を聞けば誰もが知っている神社だ。


思わずつぶやいた声は、エレベーター内に吸い込まれていく。


そして、静かに停止したエレベーターのドアが開いた瞬間、ふわりと冷んやりした空気が頬をなでた。



辺りを見回すと、そこは、まるで別世界だった。



薄明かりに照らされた地下空間には、ふわりと灯りの灯った和紙灯籠が並び、畳敷きの見渡す限り続く回廊が奥へ奥へと伸びている。

壁は土壁、天井には黒々とした梁が神殿のように広がっている。

水の流れる音がかすかに響き、どこか静謐せいひつで、そして張り詰めた空気に満ちていた。


おおよそ地下とは思えない作りだ。


「ここが・・・陰陽院の“本院”です」


男性の声が低く響く。

そして、そのまま更に奥へと進んでいくと、「妖務ようむ局長室」と書かれた札のかかった部屋の入り口に辿り着いた。


男性がノックをすると、中から更に男性の声がする。

中からロックが解除できるのだろう。引き戸がゆっくりと開いて中に通されると、そこはまるで地上にある部屋のようだった。


(あれ・・・?地下だよね?)


勧められたソファに腰掛けて周りを見回すと、窓からは明るい日差しが差し込み、その窓の外は緑あふれる景色となっている。


「よくできてるでしょう〜?あれ、窓の外はディスプレイなのよ。ずっと地下にいると気分が滅入るからね。」


母は私の驚きを察したのだろう。そっと小声で説明してくれた。


(へえええ・・・ハイテク。)


妙に感心をしていると、部屋の奥にいた男性が正面に腰をかけ、にこやかに挨拶をしてくれた。


(この人が妖務ようむ局長・・・ということは、この人が安倍晴明あべのせいめいの子孫・・・)


なかなかお目にかかる機会のない人が目の前にいることに、少し緊張する。


「あなたが琴音さんですね。よくおいでくださいました。お母様によく似てらっしゃる。」


気がつくとそこには彼と母と私だけで、先ほど案内してくれた男性の姿はもうなく、いつの間にか目の前にはお茶が置かれていた。


(え・・・?いつ!?)


お茶の置かれたタイミングに覚えがなく、ここまでの出来事を思い出していると、


「琴乃さんも、お久しぶりです。」


「そうね、お会いするのはお久しぶりねえ。清成きよなりさん。」


そんな挨拶を交わす二人の声を聞いて、我に返った。

そして、そんな私に気づいたのか、男性は少しだけ口元を緩ませて微笑むと、私に言った。


「そうそう・・・自己紹介をしなくては。あまり公にはできない組織なので、身バレ防止のため、ここではみな、下の名前で呼び合っているんです。私のことは清成きよなりとお呼びください。」


(そうなのか・・・色々と大変なんだな・・・まあ、彼については苗字は想像がついてしまうけれど。)


「わかりました。私は、琴音と申します。もうご存知かと思いますが・・・」


さっき名前を呼ばれたばかりの人に自己紹介をするのは少し間抜けだなと思いながらも、一応そう挨拶をする。

それでも清成さんはそんな態度はおくびにも出さず、


「さて・・・自己紹介も済んだので、本題に入りましょうか。」


と、切り出した。


そう、今日の見学は、陰陽院がどのようなことをしていて、私にできそうなことがあるかどうかを見てみたい、というのが主旨だ。


「お母様から何かお話は聞いてらっしゃいますか?」


「基本情報的なことだけは・・・設立の経緯と組織の大まかな概要、そして、審神座さにざ妖務局ようむきょくというのがある、くらいでしょうか。」


「そうですか。ちなみにどちらをご希望とか、ございますか?」


どちら、というのは審神座さにざ妖務局ようむきょくのことだろう。


「いえ・・・どのようなことをされているのかの詳細までは聞いていないので・・・」


すると、清成さんは「なるほど」とひとことつぶやいた後、


「それでは、順にご説明しましょうか。担当を呼ぶのでお待ちを・・・」


そう言って、どこかへと電話をかけた。


(こうしてるとただの会社みたいな感じなんだよなあ・・・雰囲気は超和風だけど。)


少しして外からのノック音と共に女性の声が聞こえると、清成さんが「どうぞ」と答える。

すると、その声に反応して、引き戸が開いた。


(・・・ハイテク!(本日2回目))


そうして、女性が「失礼します」と声をかけて部屋の中に入ってきたのだけれど・・・


「きゃっ!」


突然の小さな悲鳴と共に、何かが部屋に転がり込んできた。


「え!」


隣で母も同じように声を上げていて、少し場がざわついている。


そんな中、私が声を上げずにいたのは、をおそらくここにいる他の人たちよりは少し見慣れていたからだと思う。

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