第16話 耳の長い長老 -2-
入り口もここから見えるし、誰でも出入りできそうな感じも見て取れる。
一人でも大丈夫だろうと踏んだ私が、
「本当に、本当に、あなたは私の命の恩人です。どうもありがとうございました。お礼だけじゃ全然足りないけど・・・」
他にできることも思い浮かばず、ただただ心からの感謝の気持ちを伝えると、
「もう危険な場所に一人で行くなよ。」
蒼月さんは、そう言って、長老の屋敷がある方とは反対方向へと歩き出した。
(また会えるかな・・・)
その後ろ姿が視界から消えてしまうまで、じっとその背中を見送る。
(ご縁があればまた会えるよね。)
そう思うと共に、確たる証拠もないのに、心の中で絶対にまた会えるという確信が湧く。
蒼月さんがいなくなり、少し心細く感じながらも、私は私でお屋敷に歩を進める。
程なくしてお屋敷の門前に辿り着き、立派な門をくぐると、外からは想像できない広さで少し圧倒される。
手前には手入れの行き届いた庭が広がっており、敷地内の至る所に美しい花々が咲き乱れている。
花々の良い香りとひらひらと舞う蝶々の美しさに少しだけ見惚れたものの、本来の目的を思い出して、玄関先までさらに歩を進めると、ごくりと息を飲み込んで、少し大きめに声を出す。
「ごめんください。」
そのまま少し待ってみたものの、中からの反応はない。
あれ?お留守かな?
こんなに広いお屋敷なのに、お手伝いさんの類が出てくる気配もない。
「ごめんくださーーーーーい。」
もう少し大きな声で呼んでみる。
すると、背後から近づいてくる足音が耳に入った。
「おや、お客人ですかな?」
足音に気づいて振り返ったのとほぼ同時に、穏やかな声が聞こえる。
顔を上げると、そこには年配の男性が立っていた。
後ろで束ねた白髪の長髪、顔はいかにも穏やかで優しいおじいちゃんだが、耳は長く尖っている。長い杖を持ち、少し金糸の入った渋い着物を着たその姿は、まさに長老という風格を漂わせている。
「えっと、すみません。私は琴音と申します。困った時はここに来るとよいと言われて…」
不安そうに名乗る私に、長老は優しく微笑んだ。
「これはこれは、琴音殿。ようこそ、我が屋敷へ。私はこの地の長老をしておる白翁(はくおう)と申します。何かお困りのことでも?」
やはり長老ご本人だったことと、その優しげな態度に少しホッとしながら、自分が人間であること、白狐に導かれてこちらの世界に来てしまったこと、
帰る道がわからないのでとにかく進むしかなかったこと、途中で出会ったいたずらたぬきの椿丸くんに長老の屋敷に行くことを勧められたことを簡単に語った。
長老は静かに頷きながら話を聞き、やがて深く息をついた。
「ふむ、さようか。これはもう少し話を聞かせていただく必要がありそうじゃな。まあ、中にお入りなさい。」
こうして私は彼に招かれて、まずは広々とした玄関に足を踏み入れる。
玄関には美しい欄間彫刻が施されており、入り口には豪華な花瓶に生けられた季節の花々が目を楽しませる。床は光沢のある木材でできており、一歩踏み出すたびに心地よい音が響く。
玄関を抜けると、長い廊下が続いている。廊下の壁には掛け軸が飾られており、そこには季節ごとの風景や名人の書が描かれている。一つ一つの掛け軸には歴史を感じさせる風格が漂っており、思わず足を止めて見入ってしまいそうになる。
廊下を進むと、ふと目に留まるのは立派な木彫りの柱だ。その柱には、古来より伝わる伝説の動物や植物が精巧に彫られている。天井からは和紙で作られた優しい光を放つ灯籠が吊り下げられており、淡い光が廊下を柔らかく照らしている。
廊下の途中には、庭が見える大きなガラス窓があり、外の景色を楽しむことができる。手入れの行き届いた日本庭園には、池や橋、石灯籠が配され、静かな佇まいが心を落ち着かせる。
やがて広間にたどり着くと、そこには美しい絵画や工芸品が飾られており、その一つ一つに歴史と品格が感じられる。絵画には古の物語が描かれ、工芸品には匠の技が光る。
長老が手を招き、一枚板のテーブルの周りに並べられたふかふかの座布団が置かれた座椅子に座るように促す。
「どうぞ、お座りなさい。お茶でもいかがですかな?」
座布団に腰を下ろすと、程なくしてお茶が運ばれてきた。ほうじ茶のような色だが、私がよく知る香ばしい香りではなく、ほのかな香りが漂い、それはそれでいい香りで緊張が少しずつ解けていく。
「ありがとうございます。」
少し冷ましてお茶を一口いただく。
後味に僅かに残る甘みが心地よい。
初めて飲むお茶なのに、なぜか懐かしく感じる。
「おいしい・・・」
思わずそうつぶやいた私に、長老は目を細めてこう言った。
「気に入ったようでよかった。これは影葉茶(かげはちゃ)と言って、この世界ではよく飲まれておるお茶でな・・・飲むと心がおだやかになるという。」
人間界でいうハーブティーみたいなもの?カモミールやラベンダーのお茶のような感じかな。
あれこれと思い浮かべながら、ついつい飲み進めてしまう。若干中毒性のあるお茶だ。
私が一息ついてお茶碗をテーブルに置くと、それを見た長老は自分も一口お茶をすすり、
「では、琴音殿がこちらに来られた経緯や、お困りごとについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますかな?」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます