第14話 出会い -4-
(心臓が爆発しそう・・・)
恐怖で足が震え、思わず涙が滲んでくる。
目の前の獣がこちらに向かって一直線に向かってくるのを見て、足がすくんで動けない。
逃げたいのに、逃げられない。
身体が硬直して、声すら出ない。
思っていたよりも大きな獣のような姿だが、顔だけ見ると猿に見える。
しかし、落ち着いて分析する余裕なんてなく、あと少しで飛びかかられてしまう位置まで来たのを見て、思わずしゃがみ込んで目をつぶる。
怖くて身体が動かない。
「ガゥゥゥ!」
獣の叫び声が耳に届き、(来ました!即、食べられちゃいました!じゃん!!!)と息を呑んで固まる私。
人って死ぬ時にそれまでの人生が走馬灯のようにものすごい勢いで駆け巡るって聞いたけど・・・・とりあえずその気配はない。
でも、明らかにこれは死に直面した危機であり、この危険を回避する術が全く思いつかない。
もうダメ・・・・・そう諦めたその時、
「自ら贄(にえ)になる気か?」
背後から力強い低い声と風を切る音が聞こえて、パチリと目を開ける。
なに?と思った次の瞬間、眩い光に包まれた。
光の中から現れたのは、一人の若い男性だった。彼は無造作に前に進み出て、その身をもって私を守るように立ちはだかった。
「ったく・・・」
ため息混じりに、彼は獣に向かって一閃の光を放った。その動きは鮮やかで、まるで舞を踊るかのように軽やかだった。
「グゥアアアアーッ!」
獣は断末魔の叫びを上げ、次の瞬間には消え去っていた。
驚きと恐怖で身動きが取れない私に向かって、その男性はゆっくりと振り返った。
銀色の髪が風に揺れ、その瞳は灰色に冷たく輝いている。
静けさが戻ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。
つい先程の音と光に衝撃を受けて、走馬灯のこともすっかり忘れて呆然と男性を見つめたまましゃがみ込んでいる私に、
「なぜこんなところに女が一人でくるのだ・・・」
はぁ・・・とため息まじりに先程の低い声が呆れたように言う。
「えっと・・・その・・・」
恐怖と安堵が入り混じったまま、言葉が出てこない。彼の鋭い瞳が私を見つめる。
「迷子になってしまって・・・」
声を振り絞るようにやっとのことで伝えると、彼の表情が少し和らいだ気がした。
「迷子・・・?」
そう言って、彼は手を差し伸べてきた。その手を取ると、温かさが伝わってきて、心が少し落ち着いた。
と同時に、なんだか涙が出そうになる。
「なぜ、人間がここへ・・・?」
彼は私の顔をじっと見つめた。
「目的は?」
「目的は特になくて・・・。ただ、気がついたらここにいたんです。」
私の言葉を聞いて、彼は少し考え込むような素振りを見せた。
「とりあえず、ここから離れよう。話はその後だ。」
彼の言葉に従って立ち上がり、彼の後について歩き出す。
沈黙が続く中、周囲の景色が少しずつ変わり、緊張が解けていくのを感じる。木々の間から漏れる光が、徐々に柔らかくなっていくように感じる。
少し落ち着いたところで、助けてもらったお礼をまだ言っていないことに気がついた。
「あの・・・先ほどは助けていただき、ありがとうございました。」
後ろから声をかけるも、男性は前を向いたまま、
「礼など不要だ。」
とそっけなく答える。
「私は琴音と言います。楽器の琴に音と書いて。あなたのお名前を教えていただけますか?」
私の突然の自己紹介に急に立ち止まって振り返った彼は、少し面食らった顔をしていた。
そして、小さな声でこう答えた。
「・・・蒼月(そうげつ)だ。蒼い月と書く。」
蒼月と名乗った彼は、すぐに視線を前に戻すと、そのまま前方を見据えたまま歩き続けた。
背は180cmくらいだろうか。にもかかわらず、身体は細身だ。
だけど、その姿はどこか頼もしく、安心感を与えてくれる。
とともに、私には初めて見るはずのその後ろ姿が、とても懐かしく感じた。
まるで、ずっと昔から知っていたかのように。胸の奥で何かが響くような、不思議な感覚があった。
周囲の静けさと蒼月さんの存在感に包まれながら、私は彼に導かれるまま静かに歩き続けた。
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