第19話 耳の長い長老 -5-

湯浴みを済ませると、着替え用の浴衣と羽織が用意してあった。

浴衣は紺色の地に白で麻の葉が描かれているシンプルなものだが、とても着心地が良い。

羽織も適度な張りと硬さがあって、現代のような下着がないことによる胸元の心許ない感じが軽減されて良い。


そう。現代のような下着がないという事実に改めて気づかされる。


(・・・・・・・・・)


上はともかく、下は慣れるまでに時間がかかりそうだ・・・。


気を取り直して、湯浴みを終えたら広間に来るようにと言われていたことを思い出し、長い廊下を広間に向かう。


広間が近づくにつれ、聞き覚えのある賑やかな声が聞こえてきた。


「いてててて・・だって、すっかり忘れてたんだから仕方ないだろ!」


その口調と声から、姿を見なくても誰だかわかる。


「どこでも騒がしいな。」


ふふっと笑ったその瞬間、袋を借りていたことを思い出し、離れに置いてきてしまった袋を取りに帰ってから、再び広間に戻ってきた。


「おー!琴音!」


襖を開けた瞬間、椿丸くんの大声が広間に響く。


「声が大きいんじゃ!」


長老に杖でコツリと叩かれた椿丸くんは、頭をさすりながらも人懐っこい笑顔を見せる。

叱られる彼を横目に、先に来て座椅子に腰を下ろしている千鶴さんに促されるまま隣に腰を下ろす。


「まあ、一応琴音殿を心配して訪ねてきたということだから許してやるが、おぬしの中途半端な道案内のせいで、琴音殿は命を落としかけておるのだ。そこはきっちりと反省せい!」


長老の言葉を聞いて、そうだよ!と思い出す。


「あ、そうだよ!まっすぐじゃなかったから道に迷った!」


軽く抗議をした私に、


「伝えたよ!最後の最後に突き当たったら右なーって。」


・・・聞いてないよ。

そう口に出そうとして、あの時の状況を思い出す。


(そういえば、遠すぎて最後まで聞こえなかったけど、まあ、いっかって思ったことがあったっけ・・・)


あれかー・・・一番大事なところが聞こえなかったのかー・・・と思わず脱力する。


「まあ、でも・・・最終的には生きてるし、結果オーライだよ。蒼月さんっていう素敵な人にも出会えたし。」


気が緩んだのか、思わず浮ついたことを口にする。

でも、その瞬間、広間の空気がほんの少しだけ固まったのを感じる。


なんか空気読めてなかったかな・・・?

人間界から迷い込んできてすぐに男の話か・・・お気楽だな、って思われたかな・・・?

思わず浮ついたことを少し恥ずかしく思い、


「あ・・・でも、かっこいいなって思っただけで、別に、そんな・・・・」


ただ、かっこよかったなーってだけで、やましい気持ちはこれっぽっちもないということを釈明しようとする私に、


「蒼月はやめておくがよい。」


静まり返る広間に、長老の威厳のある低い声が響いた。


その声に驚いて顔を上げると、長老の表情は厳しく、彼の言葉の重みを感じる。


「蒼月さんは、危険な存在ということですか?」


私の問いかけに、長老はしばし沈黙した後、深い息をついた。


「危険というわけではない。だが、蒼月には深い事情がある。琴音殿が巻き込まれるのは避けたい。」


長老の言葉に、私は胸の中で何かがざわめくのを感じた。


「・・・いや・・・あの、本当にそんなにシリアスなものではなくって・・・・」


そこまで言って、言葉を区切る。


今必要なのはそんな言い訳じゃない。

浮ついた気持ちでの発言だとしても、そんなことは重要ではなく、長老はとにかく蒼月さんには入れ込まないようにと忠告しているのだ。


「はい。わかりました・・・」


少し戸惑いながらも、私は頭を下げて応じた。

長老の忠告は重く、彼の言葉の裏にある何かを察しなければならないと感じたからだ。

そんな私の様子を感じ取ったのか、


「すまんな・・・」


と申し訳なさそうにつぶやいた長老は、コホンと軽く咳払いをすると、穏やかに言った。


「さて、皆揃ったところで、夕餉にするとしよう。千鶴、準備を頼む。」


長老の言葉に、千鶴さんは静かにうなずき、私に微笑んでこう言った。


「お腹はどのくらい空いていますか?」


千鶴さんの優しい声と笑顔に思わず空気が緩む。


「ぺっこぺこーー!」


私の代わりに椿丸くんがそう答えると、


「おぬしも食べて行くつもりか!」


と、すっかりいつもの顔に戻った長老が、やれやれという仕草で千鶴さんを見て苦笑いをする。


「やれやれ・・・今日は久しぶりに賑やかな夕餉になりそうだのう。」


長老の言葉を合図に千鶴さんが席を立つのを見て、お手伝いするつもりで後を追おうとすると、


「今日はお客様としてもてなさせてくださいな。お手伝いは明日からお願いしますから。」


と、私に元の場所に座るよう促して、台所へと向かった。

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