第309話 約束 -6-

そこまで決まったところで、影渡かげわたりさんに伝書を返す。

もちろん、明日、予定通り人間界に戻ることを伝えるために、だ。


それから影渡かげわたりさんとは、いつもの時間に受付処で待ち合わせをした。


「そういえば・・・もう、支度は済んでいるのか?」


蒼月さんにそう聞かれて、私は微笑む。


「はい。もともとほとんど何も持たずにこちらに来ましたからね。荷物はほとんどないんです。それに・・・」


引き出物とその時身につけていた洋服とハンドバッグ、アクセサリーくらいしか持ち物はない。


「また戻ってくるつもりなので、こちらで用意していただいたものは置いていこうかと・・・」


一番お気に入りの着物は明日着ていくつもり。それ以外でこちらで手に入れたもので持っていくものは・・・


「あとは、この石たちと・・・」


思い出したように立ち上がった私は、箪笥の引き出しからあの巾着を取り出す。


「これは、お守り代わりに持って行ってもいいですか?」


そう言って蒼月さんの目の前に瑠璃色の巾着を差し出すと、


「本当に持っていたのだな・・・」


と懐かしそうに目を細めて巾着を手に取った後、


「この刺繍に使われている糸は、華月院家に代々伝わる守護の糸だ。どこにいても持ち主を守ってくれる。お守りにはちょうど良いな。」


そう言って、私の手にそっと握らせてくれた。


そうか・・・本当にお守りなんだな。

子供達はもちろん、煌月さんや蒼月さんが普段から身につけている理由がわかった。


宵之守よいのかみ・・・いや、ちっちゃな蒼月さんがそんな大事なお守りを私にくれたんだなと思うと、それもまた感慨深い。


「ありがとうございます・・・」


嬉しくて、思わず頬に当てると、私を愛おしそうに見つめる蒼月さんと目が合った。


しかし、すぐに、


「とはいえ・・・こちらも少しは策を練っておかないとな。」


と、蒼月さんは真面目な顔に戻ると、


「あちらにはどのくらい滞在する予定だ?」


と聞いた。


「そうですね・・・たぶん三日くらい。母とちゃんと向き合って話をすること、陰陽院のことを知ること、そして職場にもきちんと挨拶を・・・。」


この前人間界に行った時はゴールデンウィークの狭間だった。

こちらの1ヶ月があちらの1日という時間の流れがまだ変わっていなければ、明日はまだゴールデンウィーク中のはずだ。

祝日の間の平日は有給取得奨励日となっているので下っ端の私は休ませてもらったけれど、先輩や上司は出社していたりする。

つまり、退職の相談に行くにはもってこいだ。


なるべく迷惑をかけないように退職するつもりではいるし、属人化した業務もほとんどないので引き止められたりすることはないと思うけれど、少なからず迷惑をかけてしまうことには変わりないと思うと、やはり心が痛む。


そして、言葉にしてみると、覚悟はできているはずなのに、どこか胸がざわついていた。


「三日か・・・」


この「三日」の重みを私たちは身をもって知っているので、蒼月さんが気が重そうに言うのも理解ができる。


「こちらだと・・・百日程度ですよね・・・」


私からしたら三日だけれど、蒼月さんは百日だ。流石に長いよね・・・

申し訳ない気持ちと不安な気持ちが湧いてくる。


流石に百日離れたからといって、蒼月さんの気持ちが離れてしまうかもなんて疑っていない。

でも、きっと、すごく寂しい気持ちにさせてしまうのは確かだと思う。

それは自惚れではなく、もう、今目の前にいる蒼月さんの顔を見ているだけで確信できるからだ。


「すみません・・・」


思わずそう言わずにはいられないほどしょぼんとした蒼月さんがいるのだ。

でも、蒼月さんはやはり他の人とは違った。


「琴音・・・」


ゆっくりと顔をあげて私を見た蒼月さんは、なんだかとてもすっきりとした顔で告げる。


「俺もすぐに後を追って良いか?」


「蒼月さん!?」


「百日もおまえと離れ離れなんて、無理に決まっているだろう。こちらの世界は俺一人いなくても誰も困らんが、俺はおまえがいないと困る。」


その言葉の潔さに、思わず吹き出してしまった。


「誰も困らないなんて、そんなことないと思いますよ・・・でも・・・」


気づけば私は蒼月さんの胸に顔を預けていた。

蒼月さんの手がそっと私の背中をなでるたびに、心の隙間が静かに埋まっていく。


「いや、困らんだろう。番所は月影と翔夜だけでも十分対応できるだろうし、家族にいたっては使役に出ているのが普通の家系だ。長期不在くらいどうってことない。」


確かにそう言われるとそういう気もしてくる。


「そうと決まったら、通行証の申請をしてくるか・・・」


私を抱きしめていた腕を緩めてすくっと立ち上がった蒼月さんは、そこでふと我に返る。


「すまない。また取り乱した・・・」


もう、そんな蒼月さんが可愛くて、思わず口元がゆるんでしまい、私も立ち上がって蒼月さんをぎゅっと抱きしめる。


「なんか・・・とても愛されてるんだな、って感じちゃいました。」


そして、そのまま蒼月さんを見上げると、


「蒼月さんが困らないなら、もちろん、追って来てください!」


一緒に帰ってももちろん良いけれど、明日の朝は流石に間に合わないのだろう。

私は私で先に母と会話をした方がその後スムーズにいきそうなので、先に行くことはまったく問題ではない。


私をそっと抱きしめ返した蒼月さんは、


「なんか・・・おまえのことになると余裕がなくてカッコ悪いな・・・」


少し気まずそうな顔でそう言ったけれど、


「私はそんな蒼月さんも大好きです!」


ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めてそう言った私に、蒼月さんはまた満面の笑みを見せてくれた。

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