第9話 迷い込んだ世界 -4-

少しの間道なりに進んでいたけれど、道を外れて捻れた古木の真下に移動した私は古木を見上げる。

古木の真上には、白と青の不思議な光が渦巻いている。

白と水色の渦は、まるで水面に石を投げた時のように波紋を描きながら空中でゆっくりと回転している。その渦からは、風のような音が聞こえ、時折、小さな閃光が走るのが見えた。



こちらに来る時にくぐったのは白と紫の光の渦。

色には何か意味があるのだろうかなどと考えながらその不思議な渦を眺めていると、そこから主に羽根のついた妖怪たちが出入りしているのが見えた。


鳥の姿に見えるもの、人の姿で羽根を有しているもの、龍のように見える長くくねくねした生き物。

それに、牛のような動物に引かれた荷台付きの乗り物・・・?

渦がかなり高い位置にあり、遠目にしか見えないのではっきりと姿を認識できているわけではないけれど、おそらく間違ってはいない。


(あの渦はどこに繋がっているんだろう・・・)


なんなら今しがた通ってきた街の入り口よりも人通り・・・妖怪通りが多いようにも見える。

妖怪たちがどこからその渦に向かっているのか、渦からどこに向かうのかを古木の下からじっと観察する。


「ん・・・?」


白と水色の渦の存在感が強すぎて気づかなかったけれど、あちこちに大小の渦が存在している。

大きいものだと赤い渦、茶色い渦、緑の渦、青い渦などなど・・・どれも白と混ざるように渦巻いていて、そのほかにも単色の渦がある。

どうやら妖怪たちはその渦の間を行ったり来たりしているようだ。


(大きな駅のバスターミナルみたいなものなのかな?)


妖怪たちの動きを見ていると、なんとなくここは移動の中継地点なのではないかという気がしてきた。


(それは困る・・・)


別の場所への移動手段があの渦しかないと言われると、私にはどうしようもない。

行くあてもなく、この知らない世界をずっと歩き続けるの?

ここにきて、不安な気持ちが徐々に強くなる。

他に移動できそうな手段はないか、周りをキョロキョロと見渡していると、


「これ、なあに?」


突然足元で声がしてビクッとする。


反射的に足元を見ると、おかっぱ頭の小さな女の子が私が持っている引き出物の袋を覗いているのが目に入る。

なぜこんなところに子供が?と思いつつも、膨らんでいた不安な気持ちが一気に緩んで女の子と同じ目線になるようにその場にしゃがんだ。


「これは、結婚式の引き出物だよ。」


そう言ってすぐに、子供相手にこれじゃ分からないか、と言い直す。


「お祝い事のお裾分けみたいなものかな。」


すると、女の子は「ふうん」と言って袋の中に手を入れると、クッキーの入った袋を取り出した。


「これ、知ってる。」


取り出した袋を私に向かって掲げ、にかっと笑う女の子を見て、私も思わず笑顔になる。


「食べたい?」


袋の中にはウェディングドレス、タキシード、ブーケなどウェディングを想像させる色とりどりのアイシングで飾られたものからアイシングなしのものまで、かわいらしいクッキーが詰められている。


私の問いかけにこくりとうなずく女の子を見て、


「いいよ。どれがいい?」


と袋を開けようと女の子の持っている袋に手を伸ばそうとしたその瞬間、


「やったー!人間界のお菓子はめちゃうまだもんなー!」


ポンッという軽い音と共に目の前で煙が上がり、聞こえてきた声が急に男の子の声になったことに驚いて、立ち上がって煙を払う。


「え?なに!?」


パタパタと手で仰いでいると、煙が徐々に晴れてくる。


「くれるって言ったからな!返さないぞ!」


そう言ったのは、さっきまでのおかっぱ頭の女の子なんかじゃなくて、


「は?たぬき?」


右手にクッキーの袋を掲げて立ち姿で私を見上げていたのは、まあ、いわゆる、最近では都内の市街地でもたまに見かける「たぬき」だった。

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