第二章 縁(えにし)
第6話 迷い込んだ世界 -1-
神秘的な光の渦は想像していたようなものとは違っていた。
熱くもなく、冷たくもなく、白い狐の後を追って鳥居をくぐった私を吸い込むように取り込むと、そのままふわりと渦は消えた。
あたりを覆っていた霧も、さっきまでの立ちこめ具合が嘘のように引いていく。
そしてついに霧が晴れると、目の前には全く見知らぬ世界が広がっていた。
まず、さっきまでは完全に夜だったはずなのに、今、ここは明るい。
立ち止まったまま、まずはあたりを注意深く見渡す。
まるで絵本の中に迷い込んだかのような、鮮やかな緑の森。背の高い木々が連なり、光が葉の隙間から柔らかく降り注いでいる。
足元には色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが風に乗って漂ってきた。
耳を澄ますと鳥の囀りのようなものも聞こえる。
「ここは…どこなの?」
不安と興味が入り混じった声が漏れる。
立ち止まっていても仕方がないので、ゆっくりと歩き始める。
歩を進めるたびに、ささやかな音が葉を揺らし、隙間から覗く瞳に気が付いた。
「ひっ・・・」
予想もしない生物との遭遇に思わず驚いて声が上がる。
瞳の主も同じだったようで、ビクッとしたかと思うと姿を隠してしまった。
「なんなの・・・今の・・・」
瞳と後ろ姿しか見れなかったけど、明らかに私の知らない生物であることは確かだ。
このまま進んで良いものか、引き返した方が良いのか。
引き返したところで、元の場所に帰れる保証はあるのか。
さっきまで不安半分、興味半分だった気持ちが、不安の方に傾いていく。
「どうしよう・・・・」
ひとりごとが止まらない。
進むべきか、戻るべきかわからず、呆然と立ち尽くしたまま不安な気持ちが増えていく。
すると・・・
ちりん・・・
道の先の方で、また鈴の音が聞こえた。
正体不明の鈴の音だけど、今の私には数少ない「知っている存在」だ。
耳を澄ませて鈴の音がした方向に向けて歩き出す。
先に進めばその先から、ちりん、ちりんと微かに聞こえる程度の音が聞こえてくる。
途中で何度か分かれ道に立ったけれど、その都度鈴の音が進むべき方向を示してくれた。
ガササ・・・
近くで揺れた笹の葉の音に、また得体の知れない生物との遭遇かと身を硬くする。
「にゃあ〜・・・」
だけど、笹の草むらから顔を出したのは、綺麗な毛並みの黒猫だった。
「びっっ・・・・くりしたぁ・・・!」
緊張が一気に解けて安堵から涙目になる。
「びっくりさせないでよ〜〜〜。」
草むらから半分だけ身体を覗かせて伏せをする猫に近づき、しゃがみ込んでそのつやつやの毛皮を撫でると、黒猫はその手に人懐こく鼻を近づけててスンスンと嗅いだ。
少しの間「普通の黒猫」との触れ合いを楽しんでいると、ボソボソと話す声が耳に入ってきた。
声がする方に顔を向けると、いつの間にか遠巻きに得体の知れない存在たちが私を見ている。
彼らは興味深そうにしているものの、襲いかかってくる気配や様子はない。
勇気を出して笑顔を作ってそちらに手を振ってみるものの、それを見てすぐにまた隠れてしまった。
バツが悪いやら寂しいやら、恥ずかしさを紛らわすように黒猫に話しかける。
「ふふ、みんな私のこと怖いのかな・・・そりゃそうだよね。どこのどいつだ、って感じだもんね・・・」
黒猫は我関せずで気持ちよさそうに撫でられ続けている。
「ここがどこだかわかんないし、どうしたらいいかもわかんないよ・・・」
思わず弱音がポロリと溢れる。
すると、ゴロゴロと喉を鳴らしながらおとなしく撫でられていた黒猫が、突然目をぱちりと開けた。
「おぬしが人間なのは皆分かっとるわ。」
突然のことに思考がフリーズする。
「わしらは過去の苦い経験から、人間には慎重にならざるを得んのじゃ。身元のわからん者は特にな。」
その言葉が私に撫でられている黒猫が発した言葉だと理解するまで、どれくらいかかっただろう。
恐る恐る撫でていた手を猫の身体から離し、その手をどうすべきかと宙に浮かせたまま震わせていると、
「鈍いおなごじゃな。」
そう言ってあくびとともに伸びをした黒猫が、ゆっくりと草むらから出てきた。
「ね・・・こ・・・!?」
普通の猫だと思って疑いもしなかった猫が、人の言葉をしゃべる上に、まさかのしっぽが2本。
「わしは猫又じゃ。」
2本のしっぽをゆらゆらと揺らしながら、驚きで声の出ない私を私を見上げた黒猫は、もう一度「にゃぁ」と鳴いた。
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