第5話 境内の異界 -2-
「こんなの見たことないんですけど…」
鳥居の先には白と紫の神秘的な光が渦を巻いている。その光の中に吸い込まれそうな感覚に囚われながらも、一瞬立ち止まる。
「あれ…?私、もしかしたら飲みすぎて電車で寝ちゃった?」
あまりにも現実離れした光景に、夢を見ているのではないかと考える。
「まあ、夢の中ならこんなこともありえるかもね。」
次から次へとひとりごとを繰り出しながらも、妙に納得する自分がいる。
それならばと、ありきたりな方法を試してみることにして、思いっきりほっぺをつねった。
「いったあああああああい!」
夢じゃない。やりすぎて本当に痛い。涙目でほっぺをさすっていると、
「おかえりなさい」
ふと聞こえたその声に振り返るも、そこには誰もいない。
聞き覚えがあるような、ないような、一瞬しか聞こえなかったのに、心を掴んだその声。
その意味を探り続けていると、近くで聞こえた鈴の音が現実に引き戻した。
(誰の声だっけ…)
それでもどうしても知りたくて一生懸命思い出そうとしていると、もう一度、鈴の音がした。
その鈴の音がさっきよりも近くで聞こえた気がして、音がした方に目を向けると、そこにいたのは猫でも狸でもハクビシンでもなく、ふさふさのしっぽをゆらゆらさせながらこちらをじっと見つめる、白い狐だった。
「いやいやいや…流石にこれは…」
夢じゃないこともわかっている。そして、東京に野良白狐がいないこともわかっている。
さらに、私は神社の娘だ。ここで考えられる答えは、もうこれしかない。
自分でも現実的でないことをしようとしている自覚はある。
だけど、この状況で聞かずにいることはできなかった。
「お稲荷さん…ですか?」
その問いに答えることもなく、私をじっと見た後、頭をクイっと鳥居の方に向けた狐は、「付いてきなさい」とでも言わんばかりに鳥居に向かって歩き出す。
平凡なルーチンワークの毎日。
彼氏もいない、家と会社の往復だけの毎日。
やりたいことも、やれることも、何も思いつかない毎日。
洋服も、食べ物も、何事も冒険はしない。
人間関係も波風立てずに凪を好む。
そんな平凡な自分の目の前で、非凡な出来事が起きている。
「いつもだったらこんなこと絶対しない…」
誰に聞かれたわけじゃないのに、ポツリと言い訳をつぶやく。
白い狐があまりにも美しかったからか。「平凡な自分」に飽き飽きしていたからか。それとも、誰かに呼ばれている気がしたからか…
心のざわめきに抗えず、一歩、また一歩とその光へと進んでいく。
幻想と現実の境界が曖昧になる中、私はまだ知らなかった。
この一歩が、私を新たな運命の渦へと引き込むことになろうとは。
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