第4話 境内の異界 -1-
息を整えながら、見慣れた神社の境内を見渡す。古びた鳥居や灯籠、手水舎が佇む空間は、夜の静けさに包まれ、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
一般的には夜の神社を怖いと感じる人も多いだろうが、私にとっては慣れ親しんだ場所だ。
さらに言えば、別の場所とはいえ、私は神社の敷地内で暮らしているので、夜の神社に対してのある種の恐怖は皆無と言って良い。
(ここは変わらないな…)
懐かしさに浸りながら、境内をゆっくりと歩く。子供の頃、母と手を洗い、遊んだ日々が蘇る。
遊ぶと言っても、神様の話を聞いたり、折り紙でお稲荷さんを折ったり、おみくじで漢字の勉強をしたり・・・と、文系の遊びばかりだけれど。
そして、遊び疲れると、決まって稲荷社の横にあるベンチで、母に抱っこされて昼寝をした。
またもや母が歌ってくれた子守唄を思い出し、自然と足が稲荷社へと向かう。
そよそよと頬を撫でる風と夜のひんやりとした空気。
稲荷社の脇にあるベンチが見え始めたところで、ふと境内の空気が変わった。
ここまでは追ってこないと思っていた霧が、いつの間にかまた周囲を包み込み始め、さっきまで優しく感じていた風の音が不気味に響く。
すると、稲荷社の影で何かが動く気配を感じた。
「なにか、いる…?」
恐る恐る進むと、視線の先に妖しげな光がちらつく。
灯籠でも懐中電灯でもない、ランプのような炎のような、ゆらゆらと揺れる光だ。
近付いていいものか迷い、霧に包まれそうになっていることも忘れ、しばらく見つめ続けた。
やがて、その光がゆらりと動き出したのを見て、その光に導かれるように、境内の奥へと進んでいく。
しばらく進むと、霧の中に白い影が現れ、どうやらこちらをじっと見つめている様子なのに気が付いた。
そっと息を呑み、その影を見つめる。
影が動き出すと、心臓が高鳴る。
「待って!」
思わず声をかけると、その影はふっと消え、再び霧の中に溶け込んでいった。
何かが呼んでいるような気がして、迷わずその方向に足を向ける。
追いかけながら、たまに霧の晴れ間に浮かぶ姿を観察する。
猫か、狸か、それともハクビシンか。霧のせいか全体的に白っぽく見える身体は、すぐに霧に紛れてしまう。
どれくらい追いかけただろうか。追いかけながら、この神社はこんなに広かっただろうかという疑問が湧く。
ちりん・・・
急に近くで鈴の音が聞こえた。
(あれ?やっぱり猫だったのかな?)
そう思った瞬間、境内の風景が徐々に歪み始める。
木々の影が揺れ、空気が変わり、世界がぐにゃりと曲がる感覚に襲われる。
まるで現実から切り離されていくようだ。
立ちくらみで視界が真っ白になる感覚と似ている。
そんなことを考えていると、目の前の霧が急にさぁっと引いていき、真っ赤な鳥居が目の前に現れた。
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