第76話 蒼月邸での鍛錬 -16-

さらさらと目の前を水が流れている。


「はい、そこまでーー。」


ほむらくんの言葉とともに、狐火が近寄ってくる。


「え・・・?」


まだ何かの鍛錬が続くのか?いや、でも、今終了って言ったよね?

そんな私の疑問はすぐに払拭された。


「わぁっ!」


複数の狐火に取り囲まれたかと思ったら、身体がふわりと宙に浮く。

そして、そのまま庭に連れ出された私は、庭からの入口を経由して、あっという間に湯浴み処に運ばれた。


(ちょっとした空中散歩だったな・・・)


高度としては人の腰のあたりくらいなのでそれほど高さはないものの、衝撃も少なく、誰にも触れられることなくふわふわと運ばれるのは初めての経験だ。

脱衣所ではなく直接湯殿に運ばれたので、そこで濡れた着物を脱いで、湯を浴びる。


(失敗しても至れり尽くせりで、いいのかな・・・)


湯に浸かることはせず、そのまま脱衣所で身体を拭いたところで気がついた。


「・・・小鞠さぁああああん!」


行儀悪く大きな声で小鞠さんを呼んでしまう。

それなのに、小鞠さんはあっという間に脱衣所の外に姿を現すと、


「ほら、これじゃろ。」


そう言って、着替えを一式、脱衣所の引き戸を外から開けて、中に置いてくれる。

脱衣所での着替えが終わると、外からはすぐに小鞠さんの声が聞こえてきた。


「琴音殿、鍛錬の後は少し休憩した方がよいぞ。今、ほむらが茶を淹れておるから、食堂でゆっくりするとよい。」


小鞠さんの言葉に、ようやくほっと一息つく。鍛錬が終わり、身体を洗ってさっぱりしたところで、気持ちもリフレッシュできたように感じる。脱衣所を出て小鞠さんに言われた通り食堂に向かう。


食堂に着くと、ほむらくんが温かいお茶を目の前に置いてくれた。お礼を言って席に座る。さっきの鍛錬は意外と腿の筋肉に効いていたようで、座った瞬間明らかな疲労を感じた。


そんな中、出してもらったお茶を一口飲む。


「うーん、沁みる・・・」


影葉茶かげはちゃのほのかな甘さが口に広がる。疲れた身体と心に、じんわりと沁み渡るような心地よさだ。

思わず声を漏らすと、小鞠さんがニコニコしながら言った。


「琴音殿が来てから退屈せんな。」


お騒がせしている自覚があるので、なんと言ったらいいか分からない・・・


「蒼月はほとんど家にはおらんし、ほむらも意外と忙しい。退屈じゃがわらわはこの家から出られんしの。琴音殿が来てくれてほんに嬉しいぞ。」


その言葉で、自分が思っていたのとは違う意味だったことを知って安心する。


「ありがとうございます。そう言っていただけると本当にホッとします・・・なるべくご迷惑をおかけしないように努めます・・・先程は本当に申し訳ございませんでした。」


改めて、大声で呼び出して着替えを持ってきてもらうようなことをしたことについて謝罪すると、


「なんて事はない。そもそもほむらが本物の水なんぞ使うのが悪い。」


小鞠さんはそう言って、茶碗を手のひらに乗せたまま、ほむらくんをチラリと見た。

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