第75話 蒼月邸での鍛錬 -15-
狐火たち、かわいかったなあ・・・と思い出しながら自室に戻るべく廊下を歩いていると、玄関先に蒼月さんの後ろ姿を見つけ、慌てて駆け寄った。
「行ってらっしゃい!お気をつけて。」
と、声をかけると、草履を履いていた蒼月さんの動きが一瞬止まった。
(何か変なこと言ったかな?)
自分の言葉を頭の中で思い出していると、蒼月さんがゆっくりと振り返り、少し戸惑ったような表情で、
「行ってくる・・・」
といつもより小さな声で言った後、コホンと軽く咳払いをし、すぐにいつもの調子で
「戻ったら私と稽古だ。それまでしっかりと準備運動をしておくように。」
そう言って、玄関を出て行った。
玄関の引き戸が閉まり足音が聞こえなくなると、くるりと向きを変えて自室に向かって廊下を歩き出す。
とりあえず部屋に帰って洗濯物や掃除の対応をしなくては・・・そう思って歩き続けているのに、なぜかなかなか部屋に着かない。
(え・・・?)
食堂から自室までは玄関を挟んでもそんなに大した距離はないはずなのに、どうしても自分の部屋が見つからない。
「そんなこと、ある・・・?」
少し早歩きになりながら廊下を進んでいくものの、見慣れない景色ばかりなのだ。
ついには、進んでも進んでも廊下の突き当たりに行き当たることがないことに気づき、ここでふと足を止めた。
「・・・もしかして、これも鍛錬のひとつなの!?」
思わず叫んだその時、
「あったりー!」
目の前に、満面の笑みをたたえた
「いつになったら気づくかな〜って思ってたけど、気づいてくれてよかった、よかった!」
そんな無邪気な
「言ってくれたらいいのに・・・ちょっとドキドキしちゃったよ・・・」
ゴールのない道を進み続けて不安になっていたので、鍛錬だとわかってホッとした。
「ははは!心して生活しろ、って昨日蒼月様にも言われてただろ?」
「さあ、これから琴音の
と言うと、その瞬間、足元の廊下が急に細い平均台のような形になり、慌てて両手を広げてバランスをとる。
「わわわ・・・・」
平均台のような細さの廊下の下は、なぜか小川のようなものが流れていて、落ちると濡れる仕組みらしい。
裸足だし、これくらいの平均台ならまあ慌てなければ落ちることはないだろうと思っていると、
「甘いな、琴音・・・」
私の頭の中を読んだかのように、
「なによ・・・」
嫌な予感がして周りの様子に意識を集中していると、
「またなのぉ〜〜〜!?」
前方から、狐火が私をめがけて飛んでくるのが見えた。しかも、同じ場所に立ち止まっていられないよう、背後に伸びていた平均台がゆっくりではあるものの、どんどん短くなって私に迫ってくる。
前からは狐火が攻めてくる、立ち止まっていれば落ちて濡れると言うわけだ。つまり、前に進むしかないのだ。
覚悟を決めて一歩踏み出す。ぱっと見30mほどの廊下(そんなに廊下長かったっけ!?)が続き、どこがゴールかわからないけれど、とりあえず進もう。
平均台の上で狐火を避けようと思ったら、首を傾けるだけで避けられるものは別として、しゃがむか飛び越えるしかない。
体操経験もない私が平均台でジャンプするなんてまず無理なので、しゃがむ一択だ。
たどたどしい感じでしゃがみつつ、時には狐火に命中されながらも少しずつ前に進んでいく。
落ちないようにバランスをとりながら立ったりしゃがんだりするのは、思いのほか負担がかかる。
「おお、いい感じじゃん!頑張れ、琴音!」
無邪気な外野の声に応える余裕はなく、戸惑いの声を上げるしかできない。
「わわっ!ちょ、ちょっと!」
それでもなんとか結構な時間をかけて真ん中あたりまで落ちずに持ち堪えると、急に狐火たちが消え、背後の平均台が消えていくのも止まった。
「あれ?終わり?」
額にじんわりと流れ出す汗をぬぐいながら、まだ半分だと思っていたので拍子抜けして
「いーや。ここからは少し難易度を上げるかんな。」
と言ったのと同時に、平均台が小刻みに揺れ始めた。
「それでは再開!」
その言葉を合図に、また背後の平均台が消え始め、狐火たちが攻めてくる。
しかも、今度は足元に向かってくるものが追加されていて、しゃがむだけでは回避ができない。
揺れているから思うように進めないし、片足を上げて狐火を回避しなくてはならないし、そんな状況で避けていくのは確かにレベルが上がっている。
平均台の上でなければ地面が揺れていようが避けられるのだろうけれど、平均台と言う制限の中で徐々に気持ちが焦っていく。
「あ、あ、あああああ〜!」
そうしてついに私はバランスを崩して、バシャン!と言う音とともに、小川に落ちることとなった・・・
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