第49話 弟子入りへの挑戦 -3-

天狗山への道は険しく、さまざまな試練が待ち受けているに違いないと予感しつつも、千鶴さんが握ってくれたおにぎりと守り水晶をしっかりと握りしめて、夜明けとともにお屋敷を後にした。


朝の陽光が差し込む街並みは活気に満ちていて、早朝にもかかわらず、妖怪たちの声が響き渡っている。

市ノ街のにぎやかな通りを抜け、私は天狗山へと向かう道を進んでいた。


番所で借りた地図を持っていくべきか迷っていると、少しお待ちくださいまし、と地図を持って部屋に戻った千鶴さんは、しばらくして同じような地図を持ってきた。


「模様を真似るのは得意ですのよ。こちらなら、汚れたり破れたりしても大丈夫ですわ。」


そう言いながら折りたたんで私の懐に収めてくれた地図を取り出しては眺め、地図を頼りに歩を進め、やがて街の外れにある山道に差し掛かった。

ここから先はあやかしの気配が徐々に薄れ、周囲には自然の音が響き渡る。

鳥のさえずりや風のそよぐ音、木々が揺れる音が心を落ち着かせる一方で、これからの試練に対する不安も増していく。


道中、ふと足元を見ると、鮮やかな色彩の花々が咲いていることに気づいた。小さな妖精のような妖怪たちが、その花の周りで戯れているのを見て、少し微笑んでしまった。


(美しい景色だなぁ・・・こんな風に自然と共存しているのがこの世界の魅力なのかもしれない。)


しかし、その美しい風景も長くは続かなかった。山道が険しくなり、岩場や急な坂道が現れ始めたのだ。足元に気をつけながら、一歩一歩慎重に進んでいく。


しばらく進むと、川が流れている場所に差し掛かった。水の音が清らかで心地よいが、橋は見当たらない。川幅は広く、どうやって渡ろうかと考え込んでいると、ふと木の上から声が聞こえた。


「お嬢さん、困っているのかい?」


驚いて顔を上げると、そこには一羽の大きなわしがいた。

しかし、よく見ると、その鷲は人の顔をしており、鋭い目でこちらを見下ろしている。

少ししてその鷲がバサバサっと翼を広げると、その姿はあっという間に人のような姿に変化する。

翼を広げたその姿は威圧感に満ち、顔にはくちばしのようなものを持ち、服装は山伏(修験道の修行者)のような衣装を着ていて、足元には高下駄を履いていた。

風貌からくるイメージなのかもしれないけれど、クールな感じというよりはややワイルドな感じである。

私が知っている天狗は赤い顔に長い鼻の妖怪だが、確かに烏天狗からすてんぐというものもいて、そちらに似ていると言えば似ている。

おそらく、この山に住む天狗と言うのは後者のことなのだろう。


「はい、この川を渡りたいのですが・・・」


すると、天狗は翼を広げて舞い降りてきた。


「手助けをしても良いが、その代わりに一つ謎解きをしてもらおう。」


思いも寄らない提案に驚いたが、ここで立ち止まるわけにはいかない。私は覚悟を決めてうなずいた。


「分かりました。どうぞ謎をかけてください。」


天狗は満足そうに微笑み、問いかけた。


「私は静かだが、全ての言葉を持っている。これはなんだ?」


簡単すぎてひっかけ問題かと思ってしまう。

いや、ひっかけ問題なのかもしれない・・・と、しばし考えた末、私は最初に浮かんだ答えを伝えようとするが、そこでこれがこの世界でもそういう名前なのかという疑問を持ってしまった。

いつだったかの授業で、月影さんが子どもたちに説明してたんだよな・・・と、記憶を呼び起こして、月影さんの言葉を思い出してみる。


(あ、思い出した!)


「それは、詞書ことばがきですね。」


自信満々に答えると、天狗は一瞬驚いた顔をした後、満足げに頷き、


「人間のくせに、なかなかやりよるな。」


と言って、私の両脇に手を差し込むと、バサっと翼を広げてあっという間に川の向こう岸まで運んでくれた。


簡単すぎると言おうと思ったけれど、月影さんがとにかく天狗は気高けだかいから煽るような言葉は御法度、と言っていたのを思い出し、


「ありがとうございます。本当に助かりました!」


余計なことは言わず、天狗にあらためて礼を言って別れる。


(天狗は気難しいって聞いたけど、優しい天狗もいるんだな)


優しい天狗のおかげで少し不安が和らぎ楽しい気持ちになった私は、鼻歌を歌いながらさらに進む。

そうしてそのまましばらく進むと、今度は険しい崖が立ちはだかった。

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