第53話 弟子入りへの挑戦 -7-
龍に山頂まで連れて行ってもらうのはありなのだろうか?
これはズルではないか?と、一瞬考えたものの、蒼月さんから何か禁止事項を言い渡されているわけではない。
ふと周囲を見渡すと、緑の山々が太陽の光の中で輝いており、その美しさに心が躍る。その中を龍の背中に乗って飛んでいくなんて、最高ではないか。
「お願いします!!」
結果、元気よく即答する私に、
「
と言いながら再度腕を伸ばした龍は、今度は私を背中に乗せて、
「しっかりとたてがみに捕まっておるのだぞ。」
と言い終わるか否かのタイミングで山頂を目指して浮かび上がった。風が肌を切るように通り抜け、山の香りが一層強くなるのを感じる。
(わわわわわ・・・)
実は、今まで夢の中で龍の背中に乗って街を飛び回るという夢を何度か見たことがあるのだけれど、感覚がそれと全く同じなことに驚いた。
目の前に広がる景色が急速に変わっていく中で、ふと夢の中と現実を比べる。
(あれ・・・?そういえば、この龍、夢で見た龍に似ている・・・?)
似ていると言っても、多くの龍を見ているわけではないので確信はないけれど、色は濃いグレーだった気がする。
そして、この龍は近くで見ると燻し銀という感じだが、確かに濃いグレーとも表現できるのだ。
(まさか・・・ね・・・)
さすがに夢と現実が同じになるなんてありえない。
ファンタジー脳になりすぎるのも危険だな、と思った瞬間、ゆっくりと龍が止まり、冷たい空気が頬を撫で、静寂が戻ってきた。
「山頂に着いたぞ。」
そう言われて我に返った私の視界に飛び込んできたのは、天狗山の山頂にあるひらけた草地と、そこに立つ一本杉の枝に腰をかけてこちらをじっと見ている天狗だった。
山頂は雲よりも高い位置にあるようで、眼下には雲海が広がっている。その雄大な景色の中で、天狗の存在が一層神秘的に感じられた。
(何よりも威圧感が半端ない・・・・絶対あれが噂の「
龍の背中から降ろしてもらい、ふわふわの草地の上に立つ。
なんと言って天狗に声をかけようか迷っていると、杉の木の枝に腰掛けた天狗が口を開いた。
「これはこれは、我が友よ。その姿のおぬしに会うのはなんと久しぶりなことか。」
心なしか天狗の顔が笑っているように見える。
「まことにな。もう岩の姿でおぬしと会話するのも飽き飽きとしておったから、嬉しいことこの上ないわ。」
この会話から、二人が顔見知りで昔からの仲だということが窺える。
「フン。おぬしを解放したのが人間というのは甚だ気に入らんが、致し方ない。礼だけは言っておこう。」
(お礼、言ってないけど・・・)
と、口には出さずに心の中に留めておく。
「しかし・・・蒼月から人間を寄越すと聞いた時には何を考えているのかと思ったが・・・」
そこまで言って枝から飛び降りた天狗は、一瞬で私の目の前に降り立つと、突然怖い顔をして手に持っていた葉っぱのうちわを振りかぶった。
(え・・・殴られる!?)
天狗が何をしようとしているかはわからないが、瞬時に身の危険を感じた私は、反射的に結界を張った。
「守りの結界、張れ…!」
天狗がそのうちわを振り抜くのとほぼ同時に無事結界が張られ、あたりが静寂に包まれた。
天狗の腕とうちわは結界の壁に埋もれ、天狗は怒った様子で何かを叫んでいる。
「
その声に驚いて振り返ると、龍もまた結界の中で守られていた。
「何も考えずに唱えたけど、ちゃんと味方も一緒に守ってくれるのね。」
私としては唱えるだけなのに、敵と味方を瞬時に判別して守るべきものと弾くべきものを見分けているのはすごいと思う。
「結界の範囲は
夜市の時はドーム状だった結界が、今は半円状になっている。ドームを半分に割った形・・・つまり、私と天狗の間は垂直な壁のようになっている。
「ほれ、そろそろ結界を解除してやらんと、
そう言われて天狗を見ると、さっきまでは何やら叫んで怒っていたのに、今は結界の壁に片腕を突っ込んだままうとうとと眠そうにしているではないか。
(そういえば癒し効果があるって言ってたっけ・・・)
翔夜くんの言葉を思い出してクスリと笑った私が
「守りの結界、解けよ…!」
と解除の呪文を唱えると、結界がシュワシュワと空気に溶け込むように消えて、両腕をだらんと下げてハッと目を覚ました天狗と目が合った。
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