第38話 夜市の暴走 -10-

改めて影葉茶を一口すする。


(・・・やっぱり効かない!!)


顔が赤いのはほぼ確定だと思うけど、だからと言ってすぐに戻すことは不可能なので、開き直って深呼吸をして、蒼月さんの質問に答える。


「昨日、千鶴さんにいただきました。」


蒼月さんの視線がいまだに守り水晶から離れないのを感じ、首からそっと外すと、


「はい、どうぞ。」


隣に座る蒼月さんに、紐がついたままの守り水晶を手渡す。


渡された守り水晶を揺らしたり光に透かしたりと、しばらく観察した蒼月さんは、卓の上にそれをそっと置くと、


「これは普通の守り水晶ではないな。」


と言った。


(え・・・っと?と言いますと?)


見るからにきょとんとした顔をしていたのだろう。

ちらりと私に目を向けた蒼月さんは、月影さんにこう言った。


「千鶴からどこで手に入れたものか聞いているか?」


その問いに、月影さんも少し考えるそぶりを見せた後、


「どこか、まではわかりませんが、そういえばいつもの市がやってなくて、別の市に向かう途中で声をかけられたとか言っていたような気がします。珍しいものを扱う小さな市で、市主はここらでは見かけないあやかしだった、と。」


そう言って、守り水晶を手に取る。


「確かに普通の水晶とは見かけも違いますね。しかし・・・この水晶の効果なんでしょうか・・・?」


月影さんも蒼月さんと同じように振ったり光に透かしたりした後で、ぎゅっとそれを握ると、


「試してみるか。」


と、目を閉じる。


すると、一瞬にして辺りを透明な膜が覆う。


目を開けた月影さんは、


「やっぱり普通の結界ですね。一応、琴音ちゃんの静寂しじまと癒しの結界を模すよう念じたのですが。」


おかしいな?と首を傾げて結界を解く。


「俺もやってみたい!」


ずっと黙っていた翔夜くんが守り水晶を手に取り、同じように目を閉じて念じるが、やはり普通の結界が張られるだけだ。


「やっぱだめかー。蒼月さんは?蒼月さんならもしかしたら・・・」


そう言って水晶を蒼月さんに手渡すと、卓に両肘をついて蒼月さんをじっと見た。

蒼月さんは水晶を手に取り、しばらく黙考するように見つめる。

静かな空気が流れる中、やがて彼は深く息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じる。

と同時に、再び透明な膜が周囲を覆った。しかし、それは前の二人同様、ただの透明な壁のようだった。


ただ・・・


(なんだろう、この感覚・・・)


みなと変わらないな。」


そう言って蒼月さんはぐるりと結界を見回すけれど、


(あ、だめ・・・なんか、涙が出そう・・・)


結界の見た目は他の二人と変わらないのに、なんともいえない感情が、胸の奥から湧き出してくる。

この、しっかりと守られている安心感、そしてえも言われぬあたたかな感情・・・


(私・・・この感覚を知っている気がする・・・)


でも、どこで・・・?

そう考え始めた時、結界はふっと解けてしまった。


その様子を見て、翔夜くんは目を大きく見開き、驚きを隠せない様子で蒼月さんを見つめた。


「蒼月さんでも無理かー・・・」


蒼月さんは微かに首を振りながら、


「おそらくこの水晶自体も何か特別な力を持っているのだろうが、結界の性質そのものを変えるわけではないようだ。つまり、静寂しじまと癒しの結界は、彼女自身の力と水晶の力が相まって生まれるものだということだろう。」


そう言いながら水晶を私に手渡そうと、私を見る。


「・・・どうした?」


涙ぐんでいる私に蒼月さんが訝しげに問いかけてきたが、この感情を整理できないまま、私は


「いえ・・・みなさんすごいなって感動してしまって・・・」


と、誤魔化すしかなかった。

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