第195話 鏡の間 -6-

伸びを終えた黒曜さんは「にゃあ」と鳴きながら私の足元にやってきた。そしてその場でくつろいだ格好になると、私を見上げてこう言った。


「さて、ここからどうする?」


そのなぞなぞみたいな問いかけに、一瞬呆気に取られたものの、この状況で聞きたいことはたった一つだ。


「あなたが私のご先祖様である事は、疑いたくはありません。でも、少なくとも、手を合わせてどうするのかを教えてください。」


自分でも少し感じ悪いかなとは思った。だけど、守り水晶は私がこの世界で生きていくためにとても大切なものなのだ。

だから、それが美琴さんのものだったと言われたからと言って、何をされるかわからないことには差し出したくない。


そんな私を見て、美琴さんはフッと笑った。


「そうよね・・・ごめんなさい。気持ちがはやってしまって・・・」


そう言った美琴さんは、なぜ守り水晶に触れたいのかを説明してくれた。


まず、この守り水晶は美琴さんがここで生きている間身につけていたものであること。


美琴さんは、自分には先を見通すことができる力があると言った。それは私の世界では予知能力と呼ばれているものだ。

それにより、自分の死後に私がこの世界に迷い込んでくることもわかっていたと言う。


だからこそ、美琴さんは死期が近づいていてきていることに気づいたある日、いつか私に渡るようにと術をかけてこの守り水晶を手放したらしい。


この守り水晶には私を護るという役割の他にも、いくつかの術を込めてあり、そのうちの一つとして、私に流れている巫女の家系の神通力を増幅させるというものがあるとのこと。

術をかけた時点では、私がどのような神通力を持って生まれてくるかまではわからなかったため、彼女にできるのはここまでだったと言うけれど、私が静寂しじまと癒しの結界を張ることができているのは、美琴さんのかけてくれた術のおかげなのだろう。


さらに彼女は、これから何が起こるのかも知っていると言う・・・


「一体何が起こるんですか?」


当然のように問いかけた私に、美琴さんは静かに首を振った。


「それは言えないの・・・私が口にした瞬間、その未来は変わってしまうから。」


厄災について述べたことで、厄災がなくなるのではないか。であれば、言ってしまうことで救われるのではないか。そう思った私はそれを素直に口にした。

しかし、返ってきた答えは、思ったものとは違っていた。


「厄災がなくなるとは限らないわ。もっと酷いことになるかもしれない。その可能性を考えると、軽々しく伝えてはならないし、どんな未来でも、私はすべてを受け入れる必要があるの・・・」


そう言われて、私は妙に納得した。そうだよね。元々未来が予知できるのであれば、大戦争で命を落としそうになることもなかったはず。

この人は自分や周りに起こるすべてのことを知りつつ、それを受け入れるしかなかったのだと思ったら、心が鉛のように重くなった。


生きていくという事は、楽しいことばかりではない。幸福も不幸も対極にあり、それらはすべての人に訪れるのだ。

時には幸せなことばかりだという人がいるが、それは起きた不幸を不幸だと捉えていないだけなのだろうと、私は思っている。その逆も然りだ。


「だから・・・」


美琴さんの言葉で我に返る。


「私の口からは何が起こるのかは言えないけれど、あなたをこの先守る力を、その守り水晶に与えたいの・・・」


そう言われて初めて、私は納得した。

何が起こるかは言えないし、私がその力をどう使うかは問わない。けれど、選択肢だけは渡したい、と言う事なのだと思う。


美琴さんも、そんな私の態度の軟化を理解したのだろう。


「お願い・・・あなたとソウを守らせて・・・」


もう一度鏡の面に手のひらを合わせると、私に向かってそう言った。


(ソウっていうのは・・・蒼月さんのことなんだろうな・・・)


微かな胸の痛みを感じつつぼんやりとそんなことを考えながら、ゆっくりと鏡に向かって手を伸ばし、その間に守り水晶を挟む。その瞬間、美琴さんと私の手のひらに挟まれた守り水晶が、強く光った。


(!!!)


あまりの眩しさに思わず目をつぶってしまう。

手の中の守り水晶が、火傷をするほどではないけれど、明らかに熱を帯びているのがわかる。


「手を離さないでね・・・」


美琴さんのつぶやきを聞きながらぎゅっと目を閉じていたけれど、目を閉じていても感じていた明るさがだんだんと落ち着いてきたのを感じて、ゆっくりと目を開ける。

守り水晶が放つ光は、まるで夜空に舞う星屑のようだった。その光が手の中で渦を巻き、やがて水晶の奥に吸い込まれていく。そして水晶は、まるで新しい命を宿したように淡い虹色の輝きを増していた。


「・・・美琴さん?」


美琴さんが何か言いたげな目で私を見ていることに気がついて問いかけてみるものの、美琴さんは微笑むだけで何も言わず、そっと鏡から手を離した。


私も同じように鏡から手を離し、手の中にある守り水晶を見つめた。

水晶からはもう熱を感じない。けれど、守り水晶が内包していた虹のようなキラキラが、前よりも増えたような気がした。


「これからも、いつも身につけるようにしていてね。」


目の前の美琴さんはそう言って優しい顔で微笑むと、それからすぐに、


「これで私が伝えたかったことは伝えたわ。あなたから、何か聞きたい事はある?ふふ・・・きっと、あるわよね?」


と、少しイタズラっぽい顔で笑った。


聞きたい事は、たくさん、ある。特に、蒼月さんとの関係について、知りたい。けれど、私が知るべきことは蒼月さん自身の言葉で聞いた方が良い。そう感じたのだ。


私はゆっくりと首を横に振ると、


「聞きたい事はたくさんあります・・・でも・・・」


それは蒼月さんの口から聞いた方がいいと思うので、今は聞きません。そう言おうとした瞬間、


「琴音?ここで、何を・・・」


会話をする私の声が聞こえたのだろう。廊下から蒼月さんの少し低い声が聞こえてすぐ、私が振り返る間もなく、すっと障子が開かれた。


そして、


「美琴・・・・・?」


蒼月さんが発したその声には明らかに驚きと戸惑いが混じっていて、振り返ると、蒼月さんの視線は私ではなく、鏡の中の美琴さんに釘付けとなっていた。

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