第21話 はじまりの朝 -2-
着替え以外の身の回りのことを済ませた後、本棚から読めもしない本を引っ張り出してパラパラとめくっていると、千鶴さんがやってきた。
「まずは、お着替えをしていただきますねぇ。」
千鶴さんが箪笥から美しい着物を取り出して、私にどうぞと手渡す。
手触りの至極良いその着物は、クリーム色をベースとして、桃色と金色の刺繍が施された、簡素だけれど華やかな代物だった。
客人は久しぶりと言いながら、この着物やお部屋はよく手入れが行き届いているように見える。
「こちらをお召しになってみてください。お手伝いさせてもらいますわ。」
「わあ、素敵な着物!ありがとうございます!」
普通の人よりは着物を着る機会が多いものの、母親以外に着付けをしてもらうのは久しぶりなので、少し照れながらも、着替え始める。
千鶴さんの手は確かで、優雅な動きで私の帯を締め、着物を整える。
「着物には比較的慣れていますが、こんなに素敵なものは初めてです。」
「あら。琴音さんの世界でも着物と呼ばれてますのね。こちらでは衣(ころも)や着物と呼ばれてますの。きゅっと帯を締めると、気持ちが引き締まりますやろ?」
千鶴さんの手際の良さに感心しながら、少しずつ着物の感触を思い出していく。やがて、全ての準備が整い、鏡に映る自分の姿を見て驚いた。
髪は簡単にまとめて結い上げてもらっただけだけど、髪飾りの色と着物の刺繍の色が似ているからだろうか。とてもマッチしていてかわいい。
「わあ、本当に素敵・・・ありがとうございます、千鶴さん。」
「どういたしまして。ちなみに・・・この箪笥に入ってる着物は、好きに着てくださいね。小物類もほら、ここにたくさんありますさかい。」
そう言って、箪笥の横にある化粧台の引き出しを開ける。
「かわいい!」
私好みの髪飾りがたくさんあってテンションが上がる。
「あ、私が着けてきたものもここにしまっておいていいですか?」
千鶴さんがうなずくのを確認して、昨日私が着けていた髪飾り、イヤーカフ、ネックレスやブレスレットを一式同じ場所にしまう。
これらは私が手作りしたものだから、無くさないように大事にしまっておける場所が見つかって良かった。
そうこうしているうちに身なりが整ったので、朝食を食べに、二人で本邸に向かう。
昨日の夕食は広間で食べたけれど、今日はまた違う場所に行くみたいだ。
「広間でお食事をするのはお客様がいらっしゃる時だけで、たいていは台所の近くにある食事処ですませることが多いのです。」
そんな私の疑問を感じ取ったのか、千鶴さんが説明してくれる。
「もっとも、普段は白翁様、私、そしてもう一人・・・」
千鶴さんが言いかけたその時、
「あ、来た来た〜!ちーちゃーん!」
窓から身を乗り出してこちらに手を振っているその男の人は、にこにこと満面の笑みで千鶴さんと思われる人を大きな声で呼びながら、
「嬢ちゃんも早くおいで〜!」
私にも同じ笑顔を振りまいてくれた。
千鶴さんが嬉しそうにその男の人に向かって歩み寄り、私は少し戸惑いながらも彼女に続く。
「こちらは、私の夫で、月影(つきかげ)と言います。普段は長老と私たちの三人でお食事をしてるんどすえ、と説明しているところでした。」
千鶴さんが紹介してくれたその男性は、長い黒髪を後ろで束ねた、がっしりとした体格の持ち主だった。鋭い金色の瞳が印象的で、一見わんこ系のやんちゃな笑顔を見せているが、その瞳の奥にはどこか鋭さがある。
「初めまして、琴音ちゃん。千鶴からお話は聞いているよ。」
月影さんが優しく微笑みながら、私に手を差し出してくれる。私はその手を握り返し、少し緊張しながらも挨拶をする。
「初めまして、琴音と申します。お世話になります。」
「こちらこそ、よろしくね!」
そう言ってにこりと笑った月影さんは、まるで古くからの友人のような親しみやすさを感じさせる。
「さあ、朝餉の時間だよ!今日は僕の当番だったから腕を振るったよ〜。」
千鶴さんと月影さんに促され、長老と四人で美味しい朝食をいただいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます