第25話 激突! スケバン雷獣と退魔師たち
京子たちから離れた六花は、大股気味に歩を進めた。向かう先は広々とした公園である。ある程度広く、一般人が少なそうなところを選択したつもりである。とはいえ観光地ゆえに人が少ない所などほとんど無いのだが、そこはもう割り切るしかなかった。
歩きながらも六花は気配をサーチしていた。こちらを補足し接近する気配は二つ。どちらも若い人間のそれだった。そして一方からは強い気が立ち上っている。敵意だった。悪意に濁らず殺意ほどの鋭さはないが、それでも普通のか弱い妖怪の少年少女ならば怖気付くであろう。
そんな敵意を全身に感じながら、六花は頬を震わせて――満面の笑みを浮かべていた。六花はか弱い妖怪少女などではない。暴れん坊雷獣と名高い三國の許で十歳(人間換算五歳だ)の頃より育てられ、彼の闘志を受け継いでいた。世間ではバトルジャンキーだのヤンチャなスケバン少女だのと言われているが、まぁ要するに闘う心構えは出来ていた。
宮坂さんたちがこいつらに鉢合わせしなくて本当に良かったぜ……そう思いながら、六花はふいに足を止めた。背後で二尾がピンと逆立つ。尻尾の毛が、いや全身の毛の一本一本が、敵意を伴う空気の流れを読み取っていた。
短い叫びと共に右腕を振り抜く。右手の先に生じた雷撃が矢のように走り、六花めがけて放たれていた物にぶつかった。鋭い音と煙のような匂いを上げながら、それは失速し六花の足許に力尽きたように落下する。
黒焦げになったそれは、一見すると焼け死んだ蛇にそっくりだった。だが六花には解っていた。それが魔道具の一種である事を。それも相手を拘束するためのものである。六花を捉えるためだけにそれは放られたのだ。
「おいおい、人間風情がこのアタシのケツを追いかけようって腹積もりかい? こそこそしてねぇで出てこいや!」
右腕を突き出した仁王立ちの状態で六花が吠える。何も知らぬヒトたちが、六花の吠え声にぎょっとしたように立ち止まり、じろじろと彼女を見つめたり足早に立ち去ったりしているのが視界の端で見えた。
そうこうしているうちに、正面の空気や風景がぐにゃりと歪むのを六花は感じた。
その歪みが収まると、手品のように二人の人間が姿を現した。というよりも、何がしかの術で姿を隠し、その上で六花を追跡していたと言った方が正しいであろうか。とはいえ六花も雷獣であるから、姿なき追跡者の存在には気付いていたのだが。
電流感知という第六感を具える雷獣と、認識阻害術や幻術は基本的には相性が悪い。雷獣がそれらの術を完全に見抜くか、術が完全に騙しとおせるかのどちらかしかないのだ。そして今回は前者だった。
追跡者は人間で、それもかなり若かった。二十代前半かそれくらいだろうか。それくらいの年齢の男女の二人組だった。服装からして妖怪警察の関係者、人間であるから退魔師であろう事はすぐに判った。
六花と向き合う二人の態度はそれぞれ対照的だった。男は敵意と嗜虐心の入り混じった表情と気配を漂わせており、女はただただ冷静に六花を見つめているだけだった。時折相棒であろう男に見せる眼差しには、呆れとも憐みともつかぬ色が混ざっている。しかしそれを、六花にも見せるのはいただけない。
「こそこそしているのはそっちの方だろうが、連続強盗犯の芦屋川葉鳥さんよぉ! 散々キョートで悪事を働いたみたいだが、それももう終わりだからな」
「ちょっと倉持君、そこまで正直に言わなくて良いでしょ」
倉持と呼ばれた男は顔を赤くしながら言い放ち、女はそんな倉持の事を嗜めていた。そして六花は静かに首を傾げた。六花はあくまでも梅園六花であり、他の誰でもない。芦屋川葉鳥というのがあの連続強盗魔だったのか。六花は呑気にそんな事を思ってもいた。六花は意外と呑気な一面も持ち合わせているのだ。
もっとも、自分を連続強盗魔と見做されて受け流せるような呑気さではないが。
「何言ってんだよオッサン。アタシは梅園六花だ。その、葉鳥だかひとりだか知らんが、ちんけな強盗団のお頭とこのアタシを見間違えるたぁどういう了見なんだい?」
「おいおい~、そんな風にとぼけて切り抜けようたってそうは問屋は卸さないぜ」
「そこは倉持君の言うとおりだと私も思うわ」
ニタニタと笑いながら告げる倉持に対し、ツレの女も頷いていた。何処か物憂げな眼差しを六花に向けながら。
「芦屋川さん。あなたが他の誰かの姿を転写できる能力を保有している事は私たちも知っているのよ。梅園六花という娘の姿に化けているようだけど……大人しく投降してくれたら嬉しいわ。私たちも仕事が楽になるしね」
女の言葉に、六花は事もあろうにたじろいでしまった。それを見ていた倉持は、さも愉快そうに笑い始めた。
「こちとらあんたが化けた姿だって事は解ってるんだよ。ああ、それにしてもあんたも間抜けな事をしでかしたな。強盗だけには飽き足らず、偽札でもってその辺の屋台で買い食いをするなんてなぁ! ああでも、それで俺たちはあんたの事を突き止める事が出来たんだ。その辺りは感謝するぜ」
偽札だと……! 倉持の言葉に六花は戸惑って目を丸くした。もちろん六花は偽札の事など何も知らない。むしろ何の話をしているのか、二人に尋ねたいと思いさえした。
しかしそんな雰囲気ではない事は六花にもきちんと解っていた。何せ二人はそれぞれ構え始めたのだから。六花を捕らえ、場合によって闘うために。
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