第3話 トリニキの朝
場所は変わってあやかし学園内の職員室。
生徒たちはポツポツと登校しはじめている頃合いであるが、トリニキの姿は職員室の中にあった。しかも既に仕事前の段取りを進めている最中である。
雷獣娘・六花の朝も早いが、教師の朝ももちろん早い。授業を受けるだけで問題のない呑気な生徒たちと異なり、教師は授業の準備や生徒の監督を行わねばならないのだから。
だがそれでも、トリニキの業務は――あやかし学園の教員たちの負担は、他の学校の教員のそれよりも軽い物なのだという。
トリニキが副担任という立場である事からも解る通り、あやかし学園は通常の公立高校などよりも教員の数が多いのだ。普通の公立中学や公立高校であれば、あやかし学園の教師の倍近い業務が待ち構えているのかもしれない。その点ではあやかし学園は楽だった。
但し――人間以上の力と知恵を持つ妖怪たちと、同じ空間にいる事を許容できればの話であるが。
表向きは、この世界では人間と妖怪は概ね友好的に共存している事になってはいる。だがそれでも、人間向け・人間専用の施設が多い事もまた事実だった。何のかんの言いつつも、妖怪を怖れる人間は一定数存在するという事だ。逆もまたしかりなのだが。
「おはようございます、鳥塚先生」
そんなトリニキの許に声が掛けられる。声の主は米田先生だ。一見すれば二十歳前後の女子大生と言っても通じそうな若々しい姿である。だが背後で揺れる金色のふさふさした二尾が、彼女の本性を明らかにしていた。彼女は妖狐であり、既に百歳以上生きているという。長命な妖怪の中にあって、大人と見做される年齢でもあった。
トリニキが挨拶を返すと、米田先生はニコリと微笑んだ。成程、生徒のみならず独身の若教師からも慕われる妖物だと、トリニキは素直に思っていた。愛想のよい美人教師となれば、思春期真っただ中の生徒であればついつい夢中になってしまうだろう。少し前までは、米田先生の傍らには宮坂京子が侍っていた。しかし、米田先生を恋慕する生徒は、何も彼女だけでは無かったのだ。
むしろ最近は、京子が米田先生にべったりでなくなった分、他の生徒が米田先生を慕う姿が明らかになったような気さえしてならない。
「先生もお元気そうで安心しましたわ。鳥塚先生は、こちらの学園に新任なさって間がないというのに、初めての事ばかりが立て続けにあったようですから」
「ご心配頂きありがとうございます」
米田先生の言葉に、トリニキはひとまず礼を述べた。初めての事づくしなのは米田先生の言うとおりである。塾講師を勤めていたトリニキであるが、まずもって教師として教壇に立つのは初めての事だった。しかも副担任と言えども受け持ったクラスには編入生もいた訳であるし。
極めつけは決闘制度に教師として立ち会わねばならなかった事だろう。ルールにのっとったものと言えども、まだ子供ともいえる生徒らが闘う所を、教師として目の当たりにするとは流石に思っていなかったのだ。学園物の小説やアニメなどで決闘が行われるというのを見たり読んだりした事はあるにはある。しかし物語の出来事と実際に繰り広げられる物は全くもって違っていた。
ついでに言えば、決闘が終わった後のケア――当事者たちだけではなく、他のクラスメイトも対象となる――なども、教師たちが担わなければならない事柄だったのだ。
「やはり梅園さんと宮坂さんが決闘したというのは……正直言って僕も驚き通しでしたよ。二人の気質上、ぶつかるのは避けられませんでしたからね。
ですが、その後は思っていた以上に丸く収まっているみたいなので、それが不幸中の幸いかと思っております」
トリニキは目を細め、決闘後の六花たちの事を思い返した。学園内での存在意義と学園内の秩序を護るため。そんなエゴ丸出しのぶつかり合いは、結局の所編入生である梅園六花の勝利という事で決着がついた。
その後保健室で宮坂京子は「私は梅園さんと友達になりたかった」と漏らしたのだが、それは果たして本当の事だったのだ。京子は今や、何のこだわりもなく六花に近付くようになったのだから。六花もまた、そんな京子を受け入れていた。
男装の麗人という、中性的な京子の振る舞いや姿は今まで通りではある。しかしいつの間にか、六花と京子は元々仲が良かったかのように振舞っているのだ。六花は面倒見の良い所があり、京子は意外にも甘えん坊で寂しがりやな気質の持ち主だったらしい。二人が同級生でありながら、時に姉妹のように――六花の方が姉であり、京子の方が妹のような感じだ――見えるのも、或いはそうした所にあるのかもしれなかった。
余談だが京子が米田先生にべったりでなくなったのも、決闘後からの事なのだそうだ。
クラスメイトからの心証が悪くなるという事も無かったし、その部分に関してはトリニキも良かった事だと素直に思っていた。もしかしたら、妖怪たちは力関係がはっきりとしたら、それ以上は後追いしないという特性を持ち合わせているのかもしれない。便宜的に人間の姿を取るものの、妖怪の本質は獣のそれと変わらないのだから。
「初めてづくしで大変でしょうけれど、そろそろ校外学習の事も考えないといけませんよね」
「あ、本当だ……!」
校外学習。米田先生のその言葉に、トリニキも学園内で控えるイベントの事を思い出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます