第4話 トリニキ、校外学習を思う

「校外学習って、今年は確かキョートに向かうという話でしたよね」


 その通りですわ。弾かれたように問いかけるトリニキに対し、米田先生はしごく落ち着いた口調で応じた。


「昨年はナラでしたからね。我が学園では、ナラとキョートとを交互に校外学習の場とする事が、ここ数十年前から定まっているのです。昔はオーサカにも出向いていたようですが……」

「解りますよ米田先生」


 何かが解った訳でもないのに、トリニキは訳知り顔で解ります、と言っていた。きっと善からぬ理由なのだろうと察しがついていたからだ。そしてその善からぬ事を、米田先生が口にするのは酷だろうとトリニキは勝手に思っていた。相手が自分よりも経験を積んだ、実力のある女妖狐であると知っているにもかかわらず。


「時代の流れとか、過去の生徒たちのやらかしのために、イベントが変化するって事はありますからね。米田先生。僕が高校生だった頃にも、春の校外学習はありました。それこそキョートの散策でしたね。ですが、僕が入学する数年前までは一泊二日での勉強会だったそうです。

――人間向けの学校でも、こういう細々とした変化はあるんです」

「勉強会ですか。それも中々良さそうですね。生徒たちには不評かもしれませんが」


 トリニキに見つめられながら、米田先生は微笑んでいた。


「それはそうと、このあやかし学園での校外学習とはどのような物なのでしょうか」


 どのような、という点をトリニキは若干強調していた。若干心臓の鼓動が速まるのを感じながらも、矢継ぎ早に言葉を続ける。


「もしかしたら、校外学習というのも僕が知る校外学習と全くもって違う物ではないか。それが僕にしてみれば少し不安なのです。ええ、別にあやかし学園の事を悪く言うつもりはありません。ですが学校ごとに特色がある事は僕も知ってますし、あやかし学園は決闘制度などもあるみたいですから。

 まさか校外学習でキョートに向かうと言っても、ニホンカイ側の山奥に籠って、疑似的なサバイバルをさせるとか、そんな事はありませんよね?」


 トリニキは緊張のあまり、かつて見たアニメの内容を口走っていた。その事に気付いたもののもう遅い。心臓が暴れ回るのに身を任せ、耳たぶまで赤く火照らせながら米田先生の言葉を待った。

 米田先生はクスリと笑い、静かに首を振った。


「大丈夫ですわ鳥塚先生。校外学習ではそんな物騒な事は起きませんから。ちょっとした遠足、観光旅行のような物だと思って頂ければ大丈夫です。それこそ、鳥塚先生が学生時代に行ったものと同じですわ」


 米田先生の言葉を聞くうちに、トリニキも落ち着きを取り戻した。自分も何とも間抜けな事を聞いてしまったな。そう思って素直に笑う事が今のトリニキには出来た。


「そうですよね、米田先生。ああ、僕ってば朝から妙な事を聞いてしまいましたよね……ですが遠足の延長と知って少し安心しました。そうなりますと、生徒たちはやはりバスで向かうんでしょうか」


 遠足や校外学習ではないが、中学一年の時にあった自然学校ではバスで移動した気がするなぁ。そんな事を思ってトリニキが尋ねると、米田先生は首を横に振った。

 生徒たちはバスで輸送するのではなく、電車等を乗り継いで現地集合してもらうのだと、米田先生は教えてくれた。


「鳥塚先生の仰る通り、行きも帰りもバスを使えば確かに安全かもしれません。道中ではぐれる生徒もいなければ、不逞の輩に襲われる可能性も少ないでしょう。

――もっとも、バスもバスで必ずしも安全とは言えませんがね。私どもに悪心を抱いた輩が結託してバスを狙撃すれば、全員まとめてお陀仏になってしまう可能性も無きにしもあらずですが」


 そこまで言ってから、米田先生は事もあろうににたりと笑った。遠足中のバスがテロリストに狙撃される。トリニキのサバイバル発言を上回るほどの物騒さではないか。

 だが――これがトリニキをからかうような冗談ではない事は、米田先生の来歴に思いを馳せれば明らかな事だった。今でこそ教師として平穏な日々を送っている米田先生であるが、元々は傭兵として働いていた実績もあるらしい。そんな彼女であるから死と隣り合わせの日々を送っていたとも言うし、それこそ山道で車が狙撃され、コースアウトする車から華麗に脱出して難を逃れたという噂まであるくらいだ。そんな彼女ならば、そういった事も懸念するのはまぁ自然な事なのかもしれない。


「もちろん、上層部はそこまで考えている訳ではありませんけれど。バスを使うとなりますと、その分費用が掛かりますからね。上層部の第一の懸念はそこなのです」


 呆れたような表情を浮かべている米田先生であったが、彼女の主張は筋の通った物だとトリニキは思っていた。費用面であれこれと頭を悩ませるのは組織としては逃れられない事であろう。それは、私立であるあやかし学園とて同じ事だったのだ。

 だがそれも考えるまでもない話だろう。中高一貫校であるあやかし学園は、普通の中学校や高校よりも生徒数が多いのだから。流石に一クラスの生徒数は公立の学校や予備校などに較べれば若干少ないが……それでも全体の生徒数はそれなりのものであろう。


「それに獣妖怪の生徒はバス酔いの懸念もありますからね。特に私たち妖狐や化け狸、狗賓や白狼と言ったイヌ科の獣妖怪は、胃の構造上嘔吐しやすい種族でもありますから……

 すみません鳥塚先生。朝から汚い話になってしまいまして」

「いえいえ大丈夫ですよ。確かに、犬や狐は車に酔いやすいと言いますからね。ですがそうなれば、獣妖怪の皆様も大変ですよね」


 イヌ科系統の獣妖怪が車に酔いやすく、しかも嘔吐しやすい。やっぱり動物と同じなんだなぁ。失礼な事は承知の上でトリニキはそんな風に思っていた。犬が吐き戻しを行いやすい動物である事などは、生物学を嗜んだトリニキはもちろん知っていたのだ。


「なので私たち獣妖怪は乗り物を利用する際は本来の姿に戻って、その上でキャリーケースに入って乗車する事もあるんですよね。して思えば、管狐というのも中々合理的な姿なのかもしれませんわ」

「いやはや米田先生。管狐はキツネでは無くてイタチ系統の妖怪ですよね。野暮な事ではありますけれど」


 そんな風に、トリニキと米田先生は言葉を交わし、笑いあっていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る