第19話 幕間:悪妖怪、とんでもない発見をする

 キョート市内。虎柄のジャケットをひるがえしながら、女妖怪がせわしない様子で歩を進めていた。その両脇には二人の獣妖怪の男が護衛のように付き従っていた。女妖怪の歩みはやや早いようで、付き従う獣妖怪二人は付いて行くのにやっとといった風情を見せているが。


「ああ、もう、やってられんわぁ!」


 女妖怪の歩みが止まったかと思うと、その喉から怒りの声が漏れ出した。獣妖怪の男たちもまた足を止める。彼らは女妖怪の言葉にひどく驚いたらしく、半開きの唇からはヒュウ、ヒュウという謎めいた音が漏れていた。

 それから二人は、女妖怪の顔を恐る恐る覗き込む。色白の顔は真っ赤に染まっていた。猿山でふんぞり返る猿みたいな顔。そんなイメージが二人の脳裏に浮かんだが、もちろんそんな事は口にしない。彼女を敵に回したら……機嫌を損ねたら厄介な事になるのを知っているからだ。

 ジャケットの柄の通り、彼女は虎のような猛々しさを具えている。だがそれだけではない。彼女は蛇のような執念深さと狸のような器用ささえ持ち合わせているのだから。


「芦屋川の姐さん、どないしたんでっか」

「あんまりカリカリしてると血圧が上がりまっせ」


 左右から獣妖怪が女妖怪をなだめる。芦屋川葉鳥あしやがわ・はとり。これが女妖怪のフルネームだった。葉鳥という名前は何処か可愛らしさを内包しているだろうが、その本性は可愛いとは言い難い物である。

 何しろ、彼女こそがキョートを震撼させる悪妖怪・連続強盗魔のリーダーなのだから。

 しかしその彼女も追い詰められていた。とある資産家妖怪の蔵で強奪ゲットした魔道具の呪いによって、キョートから脱出する事が出来なくなっていたためだ。この事は退魔師連中にも知れ渡っており、包囲網はじりじりと狭まってもいる。

 見つかれば逮捕される事は明らかだった。逮捕されたのちは不自由な暮らしが数十年、場合によっては百年単位で続くであろう事も。葉鳥は強盗傷害に手を染めた立派な悪妖怪であるのだから。いかな長寿な妖怪と言えども、娑婆から隔離された暮らしを何十年・何百年と送るのは気が滅入る。ましてや葉鳥は百歳を超えたばかりの若者なのだから尚更だ。


「うちが血圧上昇なんぞにビビるようなタマやと思うんか、あんたは」


 葉鳥の言葉に、カマイタチめいた青年がびくっと身を震わせる。その様子を見た葉鳥はほのかに笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。


「それにしても、あのオッサンからはとんでもないモンを押し付けられたわ。そりゃあ、うちかてキョートの事を毛嫌いしている訳でもあらへん。それでも、忌々しい呪いでキョートから出られへんって言うたら話は別や。抹香臭くなってまうわ」


 そのためにも……と葉鳥は深々と息を吐いた。その息は熱く、火種があれば燃え上がるのではないかという気配すらあった。

 キョートから逃れられぬ呪いを解くには、より強力な魔道具を強奪ゲットする事である。葉鳥の脳内ではそのような結論が下っていた。

 もちろん強奪は犯罪である。だが葉鳥はそんな事を気にするような妖怪ではないし、取り巻きもその事を指摘する事は出来なかった。というか指摘できる度胸のある取り巻きであれば、彼女を妖怪警察なり退魔師なりに突き出していただろう。

 あくまでも、彼女が攻めの姿勢を取り続けている事には変わりはない。


 実のところ、余裕ぶって振舞っている葉鳥であるが、心の中は焦りで一杯だった。取り巻きをとっかえひっかえしながらの逃亡生活の中で、妖力が少しずつ目減りしていたたのだ。既に悪妖怪として知れ渡っているので、うっかり自分がいる事が知られればそこであえなく御用となってしまう。それを避けるために飲食を控えて逃げているのだが、いかな妖怪でも飲まず食わずでは妖力を消耗してしまう。

 というよりも、なまじ妖力が多いからこそ、飲まず食わずで逃亡するなどと言う暴挙が出来てしまった、とも言えるだろう。

 妖怪も生き物であるから、飲まず食わずではいずれ死んでしまう訳であるし。妖力が多ければそこから活動エネルギーに回す事が出来るから、妖力が少ない妖怪よりも食事の回数や量が少なくて済むらしいのだが。

 加えて(自業自得とはいえ)逃亡生活のストレスが彼女の心にのしかかってもいた。取り巻き達も何となく情けないわけだし、ともあれこの状況を打開したい。割と真剣にそう思っていたのだ。

 取り巻きに認識阻害を頼みつつ歩いていた葉鳥はここである事に気付いた。キョートの往来がいつになく賑わい、多くのヒトが行きかっているという事に。

 これはチャンスが巡ってきたな。葉鳥の口角が知らず知らずのうちに上がっていた。鵺である彼女は、見た者の姿を変える事によって捜査の目をくらます事が出来た。狐狸であれ鬼であれ天狗であれ……それこそ人間などにも変化する事が出来るのだ。

 しかしそれも、妖力が十全にある時の話だ。妖力が消耗した今では、誰彼構わず野放図に変化できるわけでは無い。せいぜい同性の同族、要は鵺の女性の姿を借りるのがやっとだった。少し無理をすれば、近縁種であるの女性に変化する事も出来るだろう。

 どうやら何処かの中学生や高校生が校外学習にやってきているらしい。葉鳥はようやく大まかな状況を掴みだしていた。そしてそれはチャンスかもしれないと思った。ヒトが多ければ多いほど、お目当ての鵺ないし雷獣の少女を目の当たりにする事が出来るためだ。


 そして葉鳥は、雷獣と思しき少女を見つけ出したのである。

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