第18話 トリニキ、スケバン雷獣を心配する

 さてここで視点をトリニキに戻そう。

 六花たちにせがまれて自分の知りうる事を伝えたトリニキは、思わずため息を漏らしていた。行うべき事を行い切ったという達成感によるものではない。若干の疲労と徒労を伴うような種類のため息だったのだ。

――危険な悪妖怪がうろついているから注意せよと伝えたけれど、果たしてその意図は生徒たちに、特に梅園さんにきちんと伝わっているだろうか。

 暗雲のようにトリニキの脳内に取り憑くのは、そんな一つの疑問だった。

 心の暗雲を吹き飛ばすように咳払いしたトリニキは、集まっている生徒らの顔を一人一人眺めながら口を開いた。一番長く凝視したのは六花の顔である。居並ぶ面々の中で、一番トリニキが心配だったのは彼女だったからだ。


「そんな訳で、キョートの何処かには犯罪に手を染めているような悪妖怪のグループが潜伏しているんだ。不審者には近づかないように、ね」


 トリニキは一呼吸おいてから更に言い足した。


「間違っても自分で捕まえようだとか、闘おうだなんて思うのはもってのほかだからね。ああ、これは笑い話でも何でもないよ。先生は君たちがそんな事をしでかさないか、割と本気で心配しているんだからさ。

 特に妖怪の皆は、その辺りを心するように」


 悪妖怪が潜伏している。この件で危険にさらされやすいのは、人間ではなくて妖怪の生徒であろうとトリニキは踏んでいた。

 基本的に、妖怪の方が身体能力や強さの面では人間をはるかに上回る存在である。そう言った意味では、人間や別の妖怪と闘うには、ある意味妖怪たちの方が有利であると言えるのかもしれない。

 しかし、そうした強さや強さに起因する慢心が危険の種になるのだ。自分は妖怪で強いから、悪いやつをとっちめる事くらいできるだろう――そんな事を思ってしまうから、判断を誤ってしまうのだ。初めから勝てない相手、そもそも闘う判断を下してはいけない相手に立ち向かい、物理的に痛い目に遭ってしまうという事である。或いは生命の危険にさらされる事とて考えられるだろう。

 そう言った意味では、人間や人間の血の濃い半妖の方が賢い判断を下すともいえる。彼らは無茶をする事はまず無いからだ。危険な相手に無闇に立ち向かう事はなく、逃げるべき時は素直に逃げる事を選択できる。

 それが臆病であるなどとはトリニキは思わない。むしろそうした判断は大切なのだ。

 悪人にしろ、悪妖怪にしろ、闘うとならば本当に手段を選んだりなどしないのだから。

 梅園さん。トリニキは半ば不意打ちのように六花に視線を合わせた。六花はしかし驚きはしない。あどけなさの残る面に得意げな笑みを浮かべながら、トリニキをしっかりと見つめ返していた。翠の瞳には気の強そうな光が宿っているのは言うまでもない。


「くれぐれも、怪しいヒトに出くわしたからと言って喧嘩を売らないように、ね。今ここにいる面子の中では、先生は君が一番心配なんだ」


 ある意味トリニキが六花を一番気にかけている。その事をカミングアウトした形になってしまった。だが幸いな事に、それを茶化すような生徒は一人としていない。無理からぬ話だ。六花は学園に編入してきて一か月足らずであるが、どのような妖怪であるのかは既に学園内に広く知れ渡っていた。

 六花は端的に言えば女傑ヒロインなのだ。叔父にして養父である三國の影響なのか、彼女はとかく腕っぷしで物事を解決したがる節があった。本来ならば良家の令嬢であり、気品ある美貌の持ち主でもあるのだが、彼女の言動はスケバンそのものだった。

 無論その実力は見掛け倒しではない。トリニキを襲っていた不埒なチンピラ妖怪たちをあっさり撃退し、その後に学園公認の決闘で宮坂京子を打ち負かしていたではないか。

 つよそう(確信)。トリニキのみならず、生徒も教師も六花についてそのような評価を下していたのだ。しかもそれは、先の決闘で宮坂京子に勝利してから確固たるものになってしまっていた。

 あの決闘の結果については、六花の学園生活や京子との関係性を思えば良かったのかもしれない。しかし、万事良かったのだと言えるようなものではないのだと、トリニキはこの時思い知った。そうでなくとも六花は恐れ知らずで好戦的な気質なのだから。

 六花は同年代の妖怪としては確実に強い。そしてそれを彼女も自覚している。だからこそ悪妖怪と出くわした時には危険な目に遭う可能性が高いのだ。トリニキの懸念はそれだった。


「だーいじょうぶたって。鳥塚センセ。センセもそんなに心配ばっかしてたら、ストレスを溜め込んで寿命が縮んじまうよ?」

「先生の心配は良いんだよ……」


 思わずため息をつきそうになったのを、トリニキは思わず押しとどめた。心配する側の自分が、こうしてあっけらかんと心配されるとは。

 だがトリニキは決然とした表情で視線を上げ、六花を見据えて言い添える。


「とりあえず、だね。怪しいやつを見かけても向かっていったり、あまつさえ悪いやつだから捕まえてとっちめようなんて慾を出したりしないように、ね」


 同じ話のループじゃねぇか。そう言わんばかりの六花に対し、トリニキの脳裏にある考えが浮き上がり、それを即座に口に出した。


「君だって、高校からは品行方正な学園生活を送るって心に決めたんでしょ? それならきちんと筋を通さなきゃ」


 ダメ押しとばかりに言い添えられたトリニキの言葉に、六花は静かに頷いた。苦い表情を浮かべているのはちと可哀想であるが、さりとて致し方のない事だ。トリニキはおのれにそう言い聞かせていた。

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