第17話 トリニキはかく語りき
結局のところ、六花たちの一行は未だに米田先生に合流出来なかった。しかし、六花はその事について深刻に考えてはいなかった。それは実は、米田先生を探すと言い出した京子も同じ事だったりする。
というのも、米田先生の代わりにトリニキ……もとい鳥塚先生を見つけ出す事が出来たからだ。
鳥塚先生オッスオッス! ネットスラング交じりに六花が声を上げると、鳥塚先生は何処か観念したような笑みを浮かべ、大人しく六花たちの班員に取り囲まれた。
なお、この時には野柴珠彦を含む男子生徒の班もいるにはいたが、六花たちの圧に押されて鳥塚先生から自主的に距離を取っていた。女子たちというのは強いものである。よく見たら男性に近付くのが苦手な京子は少し離れた所にいて、珠彦にそっと気遣わしげな視線を送っていた。
「トリニキ先生、女子たちに囲まれて大人気っすねー」
「こらこら相沢君。滅多な事を言うもんじゃあないよ。鳥塚先生は分別のあるお方なんだ。僕たちみたいな高校生や、中学生に色めき立つなんて起こり得ないさ。だからこそ、僕も安心できるんだけどね」
「宮坂様は今日も麗しいのだー」
鳥塚先生を見つけた所がお土産屋が立ち並ぶ街道という事もあり、生徒たちは六花の班の面々だけではなかった。むしろ六花がやってきた事で生徒らが集まってきた感もある。京子を慕っているらしい、化けアライグマやフェネック妖狐の少女も遠巻きながらいる訳だし。
もっとも、六花はそうした面々を認識してはいた。特に気にしてはいない。米田先生の居場所を聞き出す、或いは彼女が言おうとした事を知っているかどうか。その事を問いただす事しか六花は考えていなかった。
雷獣は強い個体ほど思考が単純化しやすいという。六花も二尾でまだ少女ではあるが、そうした傾向を持ち合わせていたのである。
「それでさ鳥塚センセ。アタシら米田先生を探しているんだけど、何処に向かっているかとかどの辺で見かけたとか知らないかい? 知ってたら教えて欲しいんだ」
「米田先生の行方かぁ……」
六花の問いかけに、鳥塚先生は困ったように眉を寄せた。それからゆったりとかぶりを振る。申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ごめんね梅園さん。先生も米田先生が何処に向かったのか解らないんだ。ああもちろん、キョート市内にいる事は違いないだろうけどね。
梅園さんたちも知ってる通り、米田先生も妖狐でしょ。何がしかの術を使って、僕らをまく事くらいできるんじゃないかな。そうでなくても歩くのだって速いし」
「僕たちをまくだなんて、米田先生がそんな事をなさるのかなぁ?」
妙にへどもどしていた鳥塚先生の言葉に反応したのは宮坂京子だった。少し離れた所で待機していたはずなのに、いつの間にか六花の隣、鳥塚先生の正面に向き合う形で仁王立ちしているではないか。あからさまに興奮している事は、赤く色づいた耳朶の縁でも明らかだ。
その興奮は、米田先生の事についてあれこれ語っていたがためである事は明白だ。京子が米田先生の事を好いていて、一方的と言えども恋慕の情を育んでいる事は六花も既に知っている。その恋が実るのか否かは別問題であるが。
六花との決闘を経て若干丸くなった(もしかしたら、六花に対する敵意が無くなっただけなのかもしれないが)ように思われる京子であるが、それでも米田先生の事が絡むと冷静さを欠いてしまうらしい。
鳥塚先生。頬をあかあかと火照らせたまま京子は言葉を続けた。
「鳥塚先生も、米田先生がお話した事について何かご存じなのではありませんか。米田先生は、訳もなく僕たちをまいて行方を掴ませないような女狐ではないって、僕は知ってるんですから……」
宮坂さんも女狐とか言うんかい。六花は思わず心の中でツッコミを入れていた。とはいえそれを口にしなかった自分を褒めても良いかもしれないと、密かに自画自賛もしていた。かつて六花は、京子の事を何かにつけて女狐呼ばわりしていたのだから。
余談ではあるが、六花の言う女狐はせいぜい「狡猾でいけ好かない輩」という意味でしかない。女狐には好色だとかドスケベという意味もあるらしいが、京子は好色でもドスケベでもない。むしろ潔癖過ぎるほどに潔癖なきらいがあるくらいだ。
それはさておき、京子の熱っぽくも鋭い指摘に、トリニキはあからさまに目を泳がせた。図星だったのだろう。
「ああ、うん。確かに宮坂さんの言うとおりだよ。米田先生は、キョート府内で起きている事件の存在を知って、その事を警戒なさっているんだ」
鳥塚先生は言うや否や、バッグから折りたたんだ紙を取り出した。淡い灰色のそれは新聞、それも地方紙である。六花は差し出された地方紙を受け取り、すぐに京子に渡した。何となくそうした方が良さそうな気がしたからだ。
窃盗や強盗を働いている悪妖怪がキョート府内の何処かに潜伏しており、米田先生はそいつと生徒らが鉢合わせしないか心配しているのだ。鳥塚先生が語ったのは、およそそのような事だった。
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