第20話 お土産話と雀の焼鳥

 校外学習が始まってから二時間ばかりが経過していた。米田先生やトリニキの注意によって若干不穏な空気を醸し出してはいたのだが、梅園六花の心は不安に取り憑かれる事は無かった。

 怪しいやつを見かけずに校外学習が終わればそれでよし、関わるとなったらその時はその時でサクッと闘っちまおう。六花は至極シンプルに、悪妖怪問題を捉えていた。既に二尾である六花は雷獣としても強い。そして強い雷獣は、得てして脳筋になりがちなのだ。

 しかも六花たちは既に校外学習を満喫している最中である。トリニキを見つけ出した時には彼から注意を受けたものの、その時に感じた緊張などと言った感情は、その後見に行った神社仏閣の荘厳さや美しさへの興奮で塗りつぶされていたのだ。

 日頃スケバンっぽく振舞っている六花であるが、実の所信心深く、従って神社や寺院に足を運ぶのは大好きだったのだ。雷獣が獣でありながら神性を宿すと、六花は素直に信じていたからだ。


 さて六花たちの班はというと、神社の傍らに軒を連ねる土産屋の一つにお邪魔していた。寺社仏閣の見学を小休止し、ちょっとした土産物を購入して気分転換しようという事である。六花も京子も他のクラスメイト達も、本来は郊外や下町に暮らす人妖ばかりである。きらびやかな神社や寺院ばかり見ていると流石に目が疲れてくるのだ。六花でさえそんな風に思い始めたのだから、他の女子たちなどは尚更だろう。

 女子たちが(よく聞けば男子グループもいるらしい)はしゃぎながら土産物を選んでいる間、六花は黙々と購入する物を選んでいた。他の女子たちとはしゃぐでもなく、真剣な様子で。その真剣さたるや鬼気迫るものすら感じさせるものがあった。

 或いはもしかしたら、その雰囲気ゆえに六花の傍には班員たちや他の生徒らが近づいていないのかもしれない。六花は土産物を選ぶ事に集中しきっているので、そんな事に全く気付いてはいないけれど。


「やぁ梅園さん。どうしたんだい、そんなに怖い顔をして」

「誰かと思えば宮坂さんじゃないか」


 そんな六花の許に近付いてきたのは宮坂京子だった。彼女もまた土産物を選んでいる最中であるらしく、小さな買い物カゴを提げている。その中には可愛くデフォルメされたキツネやウサギのマスコットや、お洒落な扇子などが入っていた。いかにも京子らしいチョイスだと六花はぼんやりと思っていた。何がどう、と口にできるわけでは無いけれど。


「どうしたも何も、アタシは単にお土産を選んでいたんだよ」

「その割には、かなり真剣な感じだったから、僕も少しびっくりしちゃってさ」


 びっくりした、と言いつつも京子は愛想のよい笑みを浮かべながら六花の顔と買い物カゴを交互に眺めている。むしろ興味津々と言った風情でもある。

 京子は日頃取り澄ました言動が目立つ少女であるが、親しくなると案外茶目っ気の多い一面も持ち合わせていた。利発であるがゆえに好奇心も旺盛なのだろう。

 六花も今一度カゴの中身に視線を落としてから、京子の方を見つめ直す。


「これは弟妹達に贈るためのお土産なんだ。まぁあいつらはアタシの事を姉として慕っているから、どんな物でもアタシが選んだって事なら喜んでくれるのかもしれない。だけど、それでもプレゼントするならあいつらの好む物をプレゼントしたいからさ」

「梅園さんの弟妹達……あぁ、そうだったんだね」


 京子は少しだけ考え込んでから、納得したように頷いていた。六花には京子の考えが手に取るように解っていた。きっと彼女は、まず野分と青葉の双子の事を思い浮かべ、そこから六花の家族構成について思い出したのだろう。

 野分と青葉の事は弟妹と呼んでいる六花であるが、あの双子たちは叔父の子なので実際にはいとこにあたる存在だった。そして六花が幼少期まで過ごしていた母の生家には、六花の弟妹達が父親や継母と共に暮らしている。

 今回六花が口にした弟妹達とは、別居する弟妹達の方の事を指していた。そしてこうした六花の家族の事情についても、京子も多少は知っていたのだ。だからこそ彼女は、穏やかな眼差しで六花を見つめているのだ。


「梅園さんって一番上のお姉さんだもんね。でも、大勢いる弟さんや妹さんのためにプレゼントとかも色々と考えるって、すごい事だと思うよ」

「ははは、それが姉の性ってやつだろうね。アタシの場合、本家にいる弟妹達とは年に何回かしか会えないから、こうした所で姉らしくしとかないといけないだろうしさ」


 そう言って六花は笑った。六花に相対する京子はというと、恥じ入るような物思いにふけるような表情を見せている。六花が姉気質である事は京子もよく知っている事柄であろう。何せ彼女は、同級生でありながら六花の前で妹分のように振舞う事すらあるのだから。


「……僕は末っ子だったから、もっぱら可愛がられる側に甘んじちゃうところが多かったかな」

「そういや宮坂さんにはお兄さんがいたんだっけ」


 六花の問いかけに京子は素直に頷いた。京子に兄が二人いる事については、六花も多少は知っていた。


「兄たちと僕の年齢差は大きいからね。だから兄たちとしても、僕の事は半分娘みたいな感覚で接してくれていたかもしれないんだ」


 京子はそこで言葉を切ると、少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「ただ私、最近は兄たちに頼って甘えるどころかどうにも距離を置いてしまっていて……二人とも優しいから、そんな事をしたらいけないって本当は解っているのに」


 物憂げに語る京子を前に、六花もまた渋い表情になった。兄と距離を置いてしまっている事について、京子が存外深刻にとらえている事を悟ったためだ。

 過去の事件が植え付けた男性不信と、兄にらに対してよそよそしくなってしまった事への罪悪感。相反する思いの中で京子は悩んでいるのだ。それも仕方がない事だと六花は思っている。誰しも予想だにしない出来事が襲い掛かって来る事、その前と後では後戻りできない程に変わってしまう事は六花も嫌と言うほど知っていたのだから。

 京子の顔から視線を外し、彼女が選んだ土産物を見やる。それを見た時に良い考えが浮かんできた。


「お兄さんたちに急にベタベタするのはそりゃあ難しいだろうさ。アタシの妹たちだって今まさにそんな感じだって弟連中から聞いてるし。

 だけど宮坂さん。折角キョートに来てお土産を買ってるんだから、ちょっとした物をお兄さんたちにプレゼントしたら良いんじゃないか、アタシみたいにさ?」


 ハッとしたような表情で目を見開く京子に対し、六花は笑いながら続けた。


「宮坂さん。兄という生き物はな、特に妹の事を気に掛ける性質があるから、その妹から何かされたらめちゃくちゃ喜んじまうんだ。アタシは女だけど、本家にいる弟妹達の話を聞いていたら、兄の生態も解るって寸法さ」

「そっか。ありがとう梅園さん!」


 六花の説明に、京子の顔にも明るい笑みが舞い戻ってきたのだった。


 さてそんな風に和気あいあいとお土産の購入を一旦終わらせた(後で別の店で買い物を行う可能性もあるからだ)一行は、焼鳥の屋台がある事に気が付いた。屋台の土台には車輪、前方には大八車よろしく長い棒が飛び出している。古式ゆかしい移動式の屋台らしかった。


「あ、雀の焼鳥だ」

「ウズラもあるじゃん」


 猫又と人間の女子生徒がそれぞれ屋台のメニューを見て声を上げた。六花もここで、キョートは雀やウズラの焼鳥を売っている事があるのを思い出した。

 昼前であったが互いに顔を合わせ、焼鳥を買うかどうかしばし確認しあった。全員ではないが、班員の過半数がそれぞれ焼鳥を買う事と相成った。もちろん六花は雀の焼鳥を買う方である。雷獣は代謝が高いので空腹に弱いのだ。

 ちなみに京子は昼食の前にものを食べるのはどうかと渋っていたのだが、結局雀の焼鳥を一本買う事にした。やはり妖狐であるから鳥料理は気になるのだろう。


 さてそんな訳で焼鳥を購入しようとした六花であるが、屋台の店主は六花の顔を見るや否や、怪訝そうに首をひねり、やおら口を開いたのだった。


「お嬢さん、あんた来ていたみたいだけど、買いに来たのかい?」

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