第21話 雷獣よろこび狐は悩む
六花がまたこの屋台に訪れたのではないか。不可解な屋台の店主の言葉に、思わず六花は首を傾げた。
不思議に思っているのは何も六花だけではない。京子をはじめとした、他の女子生徒たちも首を傾げたり、六花を見やったり互いに顔を見合わせたりしている。
「アタシがさっきもこの屋台で焼鳥を買っただって? それって人違いじゃあないのかい?」
店主を見据えた六花は、思っていた事を素直に口にした。屋台に並ぼうとしていた班員たちも、六花の言うとおりだと言わんばかりに頷いてくれている。六花は先程まで皆と一緒に神社や寺院を参拝し、土産屋で買い物がてら小休止していたのだ。この屋台に出向くのが一度目である事は皆も知っている事である。何なら彼女らがアリバイを証明してくれる事すら可能であろう……六花は別に悪事など働いていないけれど。
ところが、店主は六花の言葉に「はいそうですか」と応じた訳では無かった。店主はそれこそ狐につままれた(六花は雷獣だけど)表情で首を振ったのだ。人違いなんてあり得ねぇ。妙に力強い言葉で断言しながら、である。
「お嬢さん。俺だってこのフシミ稲荷の膝元で何十年も屋台をやって、色んなお客さんの顔を見てきたんだ。人違いなんかじゃねぇ。俺の勘ははっきりとそう言ってるよ」
「だけど……」
まぁ、良いじゃないか。反論しようとする六花の言葉を遮るように、店主がここで声を上げた。大声を上げて六花を牽制するという気配ではない。むしろ赤らんだ顔には笑みが浮かんでおり、楽しそうな声音だった。
「はははっ。お嬢さん、気付いていないみたいだから教えてやるよ。お嬢さんが妖怪なのはともかくとして、お嬢さんみたいな華やかな美少女なんて、そうそういるもんじゃあないぜ」
笑い交じりの店主の言葉に、六花の片眉がピクリと動いた。生唾を呑み込みつつ、六花は店主をしっかと見据えて問いかける。
「おやっさん。さっきの言葉をもう一度繰り返してくれないかい?」
「だからな、お嬢さんはオンリーワンで、もしかしたらナンバーワンの美少女かもしれないって事だよ! お嬢さんは今学生さんみたいだけど、アイドルでもモデルでも女優さんでも何でもやっていけるんじゃないかい?」
「おやっさんは、アタシの事をナンバーワンの美少女だと言ってくれたんだな?」
店主の言葉を再確認するように六花が復唱した。真面目な表情になっていたのかもしれない。店主の表情が僅かにひきつる。それに伴い、他の女子生徒たちも六花を凝視しているであろう事が感じ取れた。
店主の視線が一瞬六花から外れ、それから聞こえよがしに咳払いを始めていた。
「あ、すまんなお嬢さん。も、もしかして気を悪くしちまったかい? うん、うん。俺もついつい迂闊な事を言っちまったかな。妖怪と言えどもお年頃のお嬢さんだし……」
何故かおろおろし始める店主をしっかと見据えながら、六花は満面の笑みを浮かべながら言い放つ。
「あははっ。気を悪くしたなんてとんでもない話さ。むしろおやっさんの言葉は嬉しい位だよ。アタシだって、自分はとびきりの美少女だって事くらいはちゃーんと把握しているさ。でもやっぱり褒められると嬉しいなぁ」
喜び勇む六花の言葉に、何故か周囲のヒトたちは盛大にずっこけていた。
(ボケに対して皆がずっこけるのはカンサイのお笑い番組での様式美だゾ:byトリニキ)
「梅園さん……君の自信に満ち満ちた姿は本当に凄いよ。僕も少し見習わないと」
起き上がった京子は、呆れとも憧れが絶妙に入り混じった眼差しで六花を見つめていたのだった。
※
そんな感じでちょっとしたひと騒動があったものの、焼鳥の購入自体はつつがなく終わった。六花たちは屋台を離れ、近場のベンチに腰を下ろして各々焼鳥を味わう事と相成った。観光地なので、買い食いしたお客が小休止できるようにベンチなどが所々に設置されているのである。ついでに言えば焼鳥のおこぼれにあずかろうと、それこそ雀や鳩なども目を光らせている。
雀が雀の焼鳥を喰おうとするなんてたまげたなぁ。そんな事を思いつつ、六花は購入した雀の焼鳥をかじった。濃厚な甘辛いタレの味と、小骨が多いためにぱりぱりとした触感は、やはり鶏を使った焼鳥とは一味も二味も違っていた。
お昼前だけれど、これでも結構腹が膨れそうだ。まぁ、その時はその時でお昼の時間をずらせば良いか。雀の焼鳥を咀嚼し飲み下しながら、六花は呑気にそんな事を思っていた。
「梅園さん」
隣に座っていた京子が声をかけたのは丁度その時だった。先程まで黙々と食べていたのだろう、手にしている雀の焼鳥は半分になっていた。何のかんの言いつつも京子も妖狐の血を引く半妖である。鳥料理や肉料理は結構好みであるらしい。
「お昼前におやつを食べる事になっちゃったけれど、梅園さんは大丈夫?」
「アタシは大丈夫だよ。確かにこの焼鳥でも腹は膨れるけれど、それならそれでお昼の時間をずらせば良いだけの事だし。他の皆だって、雀にしろウズラにしろ焼鳥を平らげてるんだから、その後にすぐお昼とはいかないと思うけど」
六花はおのれの意見を一通り口にしたが、京子は未だに気遣うような眼差しを向けていた。六花はそこで、京子が最も気にしているであろう事に思い至り、言い足した。
「安心しな宮坂さん。アタシは一度に食べる量は少ないけれど、代謝が高いからすぐにお腹が空くんだよ。だからさ、この焼鳥を食べた後に腹ごなしがてらに神社とかお寺とかウロウロしていたらまたお腹もすいてお昼も食べたくなると思うんだ」
そっか。そうだったよね。六花が制服越しに腹部を撫でてみせると、ここで京子は納得したような表情を見せた。
「それなら良かったよ。梅園さんって、僕たちよりも食べる量が少ないから、そこだけちょっと心配でね」
真剣な様子でそう言う京子の姿が何とも可笑しくて、六花は思わず吹き出してしまった。
「まぁ、別にアタシは少食でも無いんだけどな。まぁ、アタシと宮坂さんじゃあ種族も本来の姿の大きさも違うから、その辺の差はあるだろうけれど」
今はこうして人間の少女に近い姿を取っている六花であるが、本来の姿は十キロ足らずの猫に似た獣の姿である。ついでに言えば雷獣は代謝が高いわりに胃が小さいので、一度に多くの食べ物を摂取する事が難しいのだ。六花は雷獣としても食が細いわけでは無いのだが、人間の姿での食事シーンを見られると、身体のわりに少食であるように思われるのかもしれない。
そしてそれは、京子が妖狐の血を引く半妖であるから尚更そう思われるのかもしれなかった。妖狐は肉食獣らしく食い溜めが出来る訳であり、したがって一度に多くの食事を摂る事を好む気質にあるのだから。しかも京子は純血の妖狐と違い、本来の姿は人型である。妖狐の気質と人間の体格を併せ持つ京子は、華奢な少女の風貌ながらも健啖家なのだ。
京子も勉強熱心な性質であるから、雷獣の食性や代謝の高さについては知っているはずではないか。そんな風に六花は思っていたが、当の京子は思案顔のままだった。
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