第22話 狐は推理し雷獣が聞く――焼鳥編

「屋台のおじさんが見たって言う梅園さんらしい女のヒトは、やっぱり梅園さんとは別人だろうね」


 真面目な表情で京子が口にしたのは、屋台での六花のそっくりさんを目撃したという話に関する事だった。六花は面食らい、京子の顔をまじまじと見つめた。あの話は既に終わっていると思っていたからだ。

 六花はしかし、何故この話を蒸し返すのだとは言わなかった。京子が真面目な表情を浮かべていたからだ。


「そんなのは決まりきった事だけど、何で急にそんな事を口にしたのさ」

「そっくりさんと梅園さんじゃあ、その焼鳥を一度に食べる量も明らかに違う。その事がはっきりしたからね」


 京子はそう言うと、半分になった雀の焼鳥にかぶりついた。上品かつ優美に取り澄ましている普段の彼女らしからぬ、何とも豪快な振る舞いである。六花はしかし、それを不愉快に思った訳では無い。お狐様だから雀の焼鳥にはかぶりつきたくなるだろうなと思った位である。というか六花もつられて自分の焼鳥をかじっていた。

 二人は今再び雀の焼鳥を味わっていた。京子が口を開いたのは、自分の焼鳥をすっかり平らげてからの事だ。


「屋台のおじさんの話だと、梅園さんに似た女性は、ウズラの焼鳥を六、七本購入したという話だったでしょ。しかも彼女は、その場で五本ばかり平らげてしまったそうなんだ」

「そう言えば、そんな話もしていたなぁ」


 生真面目な様子で語る京子を見やりながら六花は頷いた。実を言えば、六花のそっくりさんについて掘り下げて質問をしていたのは、六花本人よりもむしろ京子の方だったのだ。屋台の店主との問答の折に、そっくりさんが大食漢であった事もまた、確かに話題に出ていた気もする。


「雀の焼鳥ならいざ知らず、カットされているとはいえウズラの焼鳥だよ。人間でも一度に二、三本も食べたらお腹が一杯になると思うんだ。それを一度に五本も平らげるというのは中々大変な事だよ」

「ああ、それこそオークや人狼みたいな食べっぷりだったってあのおやっさんも言ってたなぁ」

「彼らならそんな食べっぷりが出来るだろうね。どちらの種族も肉料理は大好きで活動的だし、何より身体が大きいからさ」


 確かにそうだよな。相も変わらず真面目な調子で考察を続ける京子に対し、六花は同意するように頷いた。人狼やオークの事は六花ももちろん知っているし、何となれば実際に出会った事も度々ある。京子の言う通り、どちらもたくさん食べる事が好きそうな魔族たちである事には変わりない。また、獣由来の妖怪たちとは異なり人型がベースである彼らは体重的にも大型の魔族と言える。文字通り人並み以上の食事を平らげる事は物理的に可能なのだ。

 加えて彼らは肉体労働に従事する事が多い。そうなれば、それこそウズラの焼鳥五本を一度に平らげる事も出来るだろう。何となれば、丸鶏の唐揚げなども一人前のランチにしてしまえるかもしれない。


「種族と言えば、まぁあのおやっさんも人間だったもんな。だからさ、人型になったアタシらの種族の違いには疎かったし。それなら尚更ヒトを見間違えるって事はありうるよな」

「ううん、何とも身につまされる思いだなぁ。僕は妖狐だって名乗っているけれど、実際には半妖だから……」


 ああごめん。複雑な表情で尻尾を撫でる京子の姿に、六花は軽く謝罪の言葉を口にした。屋台の店主が人間であるから、妖怪の種族を見分けるのが苦手だ。純血の雷獣である六花は軽い気持ちで言い放ったのだが、その言葉を京子がどのように受け取るのかを考えていなかった。そこは迂闊だったと六花も思う。

 そもそも六花は京子が半妖であると、人間の血が混ざっているという事を意識する事自体が薄かった。京子の事は妖狐だと思って普段から接していたのだ。前の決闘の時でも、大きな狐の姿に変化していたし。もっとも、獣の姿から人型に変化している六花と異なり、京子の本来の姿は人に近いのだが。


「屋台のおやっさんはさ、アタシの事を猫又だと思ってたみたいだからさ。尻尾を見てそんな風に判断したみたいなんだけど、人型だと種族の判別が難しくなるのかね?」

「妖怪だったら妖気とか匂いも相手の種族を判別する時の判断材料になるみたいだけど、人間だったらやっぱり見た目で判断する人のほうが多いと僕も思うよ。まぁそれに、人間たちは妖怪たちに較べてどの種族の妖怪かって気にしないし」


 京子はそこまで言うと、視線を六花の尻尾にスライドさせた。六花の細長い二尾は力が入り、円弧を描くように曲がっている。クエスチョンマークに見えるかもしれないと六花も思っていた。


「確かに、梅園さんの尻尾は猫の尻尾にそっくりだよね。というよりも、梅園さんの本当の姿も何となく猫っぽかったかも」

「ま、アタシは猫又じゃなくて雷獣だけどな。それにアタシが猫っぽい姿なのは偶然だし、本当の猫とは違う所もあるけれど」


 六花はそう言いながら、左手を顔の前にかざした。猫に似た姿の雷獣はあくまでも雷獣に過ぎず、猫や猫又とはやはり違うのだ。例えば爪回りでも違いは明らかにある。猫は爪を自在に引っ込める事が出来るそうだが、雷獣にはそんな真似は出来ない。ついでに言えば血管の隣にもう一つ管が走っており、そこから電流が流れる仕組みにもなっている。

 もちろん、それ以外の部分でも雷獣と猫又には違いがあるのだが。


「ま、私ら猫又も一度にたくさん食べるのは苦手だから、ウズラの焼鳥を五本も食べるなんて出来にゃいけどね」


 京子の話を聞いていた猫又の女子生徒が、おどけたようにそう言った。牧村という名の彼女は、確かに雀の焼鳥を味わうように食べている最中だった。

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