第23話 狐が推理し雷獣が聞く――釣札編

 あともう一つ気になる事があるんだ。観光客の食べこぼしを狙うべく歩き回る鳩を眺めながら、京子ははっきりとそう言った。鳩を見る目が食材を見る目のように思えたのは、きっと六花の目の錯覚だろう。


「屋台のおじさんの話によると、梅園さんのそっくりさんは、お札を出してウズラの焼鳥を購入したそうなんだ。僕としてはそこが引っかかるんだ」

「それが引っかかるって、どういう事さ」


 真面目な様子で語る京子に対し、六花は小鳥のように首を傾げた。買い物をしたのだから紙幣を使うのは何らおかしな話ではない。妖怪たちだって貨幣価値はきちんと把握しているのだから。

 ウズラの焼鳥は千円近かったし、たくさん購入したのならばお札を二、三枚使うのもおかしくは無かろう。

 そんな風に思っていると、京子は思案顔のまま口を何度か動かし、それから探るように言葉を紡いでいった。


「良いかな梅園さん。君は僕よりも数学の成績が良いから、これから僕のいう事はきっと理解してくれると信じているんだ。

 屋台を見たから解ると思うけれど、ウズラの焼鳥は一本だけでも千円近くする代物なんだ」

「そうだったなぁ。確か普通のやつが八百八十円で、骨を抜いたやつが九百六十円だったっけ」


 屋台の看板を思い出しながら言うと、京子はその通りだと頷いていた。その顔には控えめな笑みが広がっていた。


「ああ、梅園さんはそこまで見ていたんだね。それでさ、そっくりさんはそんなウズラの焼鳥を七、八本は購入したって話なんだ。普通の……安いやつばかり購入したとしても、はかかったんじゃあないかな」


 一番安く見積もっても六一六〇円、高く見積もったら七六八〇円だな。六花の脳内では既に計算が終わっていたが、それは敢えて口にしなかった。京子の話ぶりを聞く限り、数十円単位の細かい所まで彼女は気にしていないように思えたためだ。

 ねぇ梅園さん。六花の計算が終わった事を感じ取ったのか、京子が少し顔を近づけた。


「例えば購入したウズラの焼鳥が五、六本くらいだったら、お札を二枚出したとしても話は解るんだ。五千円から六千円の間だから、五千円札と千円札を出して支払ったって考えられるでしょ。

 だけど、七千円もするんだったらさ、なんだ。だけど屋台のおじさんによると、って言ってたみたいだから……」

「ま、アタシも万札なら財布に三枚くらいあるけどな」


 何なら見て見るかい? 財布を取り出して中身を見せようとすると、京子は何故か顔を赤くして六花の動きを制した。


「梅園さん! そんな、お金をいっぱい持ってるだなんて、そんな事は正直に言わなくて良いんだよ。はしたないじゃないか」

「はっはっは。宮坂さんもそんなに慌てなくて良いだろうに。ああだけど、宮坂さんが風紀委員らしい事をアタシの前でやってるのを見たのは、なんかしばらくぶりだなぁ」


 京子の赤らんだ顔は、羞恥と義憤によるものであったらしい。その事に気付いた六花は鷹揚に笑い、しかし財布の中身を彼女に見せる事は無かった。確かに六花は同年代の少年少女よりも羽振りは良いし、お金を所持している事を見せる事には抵抗はない。しかし京子は生真面目な性質のようだから、そうは思わないのだろう。

 その辺を無理に通せばもめる事になるのは六花にも解っていた。流石にまた二人してケダモノに変じて乱闘する事は無いだろうが……あらぬ争いを持ち込まぬ方が賢明だと六花も思っていたのだ。


「梅園さんのお財布事情はさておいて、僕はやっぱり不自然だなって思ったんだ。七千円台の買い物だったら、それこそ一万円札を一枚出せば事足りるんだからさ……梅園さんはどう思う?」


 京子は、黒々とした瞳を瞠って六花を見つめていた。先程は生真面目な表情を見せていた彼女だが、こうして相対していると中々に可愛らしい雰囲気が漂っている気もする。


「そうだなぁ……五千円札だと思って二枚出したけど、どっちも一万円だったとかってのもあるかもしれないかな。後はまぁ、両替感覚で万札を二枚出したとかじゃね。ほらさ、自販機とか券売機とかは、万札とか五千円札とかが使えない所がほとんどだろう? しかもここは観光地として色んなヒトも行き来してるからさ」

「両替目的ねぇ……うん、成程なぁ……」


 六花の意見を聞くや否や、京子は顎の下を細い指で撫でつつ思案に耽っていた。童女のような無邪気な瞳も、今は狡猾で知性溢れる狐の目、獣の瞳に変貌している。そう言う意味でも宮坂京子は妖狐だったのだ。


「ありがとう梅園さん。僕一人じゃあ解らなかった事が、何となく解った気がするんだ」

「おう。それは良かったよ」


 ややあってから、京子は笑みを浮かべながら六花に礼を述べた。六花はもちろん京子の姿を見つめていたのだが、その周囲で動く影や気配にも感づいていたのだった。

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