第24話 雷獣娘、ついに動く
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雀の焼鳥を販売する屋台から数百メートルほど離れた地点にて、その女妖怪は悠々と歩を進めていた。短い銀髪が初夏の風にそよぎ、明るい翠の瞳が細められる。目鼻立ちのくっきりした美女ないし美少女と言った風貌である。もっとも、唇のみならず、頬や顎には焼鳥の脂がべっとりとこびりつき、奇妙な光沢を放つ風体を保っていたが。
短く切りそろえた銀髪に翠の瞳。そしてセーラー服に包まれた大人らしい体躯の少女。彼女の姿は梅園六花そのものだった。もちろん、そのものと後ろに付く事から解るように、彼女は梅園六花ではない。芦屋川葉鳥が、梅園六花の姿を借りたものだった。
普段の姿だと足がつくと判断した彼女は、目に付いた雷獣の少女の姿を借りて腹ごなしをしていたのだ。つい先程雀の焼鳥を売る屋台にてウズラの焼鳥を大量に買い込んだのも、他ならぬ彼女の仕業である。
もっとも、その買い物自体にもちょっとしたカラクリがあるのだが……ともあれ葉鳥扮する偽六花は満ち足りた気分だった。久方ぶりに食欲を満たし、ついでにスッカラカンだったはずの所持金を増やす事まで出来たのだから。
「あーっ、本当にいい気分だなぁ。思う存分食う事も出来たし、しかもそれで懐も暖まったんだからさ」
上機嫌そのものといった様子で葉鳥が言うと、左右に控えていた妖怪たちがぎょっとしたように身をすくませた。葉鳥に追従し、連続強盗の片棒を担ぐ彼らであるが、元々はテンやハクビシンなどの獣が妖怪化しただけに過ぎない。妖怪としてのバックボーンも妖力そのものも無い、取るに足らぬ存在だったのだ。
だからこそ、葉鳥の所業に逆らえず、唯々諾々と従う他ないとも言うべきであろうか。それがたとえ、葉鳥が上機嫌だった時であってもだ。
ところが葉鳥はというと、そんな部下たちの心の動きなどには恐ろしいほどに無頓着だった。今は没落したとはいえ、彼女もかつては貴族の子女だった。幼少の頃はまだ彼女の生家も権勢と栄華の残滓を誇っており、それ故に他者がおのれに傅くのは当然の事だと思っていた。
ついでに言えば、今は自分が梅園六花になりきれているかどうか、その事ばかり考えていたのだ。だから彼女の目には、部下の感情の機微など見えていなかった。「なりきっているけれど、これはこれで普段と大差ないっすねぇ」というぼやきも聞こえないも同然だった事は言うまでもない。
「……?」
その葉鳥が、歩を止めて尻尾を軽く持ち上げた。
どうしたんです? ハクビシンと思しき部下の一人が、丸い瞳を揺らしながら不安げな様子で問いかける。葉鳥は周囲をざっと見渡してからゆっくりとかぶりを振った。
「いや、何でも無いよ。ただ、どこぞの下賤な狐が、アタシの事をじろじろと見ていたようで、な」
立ち止まって尻尾を上げた丁度その時、葉鳥は自分に向けられた視線をひたと感じていたのだ。妖狐、いや管狐と思しき少女が視線の主だったようだ。金髪なのはまだ良いとして、初夏なのに真っ黒の手袋で腕まで覆っていたのが何とも辛気臭さを醸し出していた。
と言っても、葉鳥も取り巻きたちもその事で特に何も思わなかった。管狐などが因縁を付けてきたところで、怖くも何ともないからだ。元より葉鳥は血筋の正しい鵺女であり、妖力の保有量や強さ自体は申し分ない。先程までは少し弱ってはいたが、それは単に数日ばかり食事にありつけていなかったストレスによるものに過ぎない。
偽札を使って買い物をするたびに釣札としてお金を得る――悪魔的発想にて収入を得る事を思いついた葉鳥は、今や怖いものなしだった。
だからこそ、葉鳥は管狐の少女が何処に向かったかなどは一切気にしなかったのである。
※
一方こちらは六花たち一行である。彼女らもまた、初夏の日差しを浴びながらキョートの洛内をゆったりと散策していた。但し、それまでの寺社巡りとは異なり、昼食を摂る店を探す事が目的となってはいたが。
そして例によって、六花と京子は何を食べるのかで談笑しあっていた。もちろん、その中に班員の女子生徒や通りかかった別の班の生徒たちも入り込む事もあった。
「アタシは今日はうどん……特にきつねの気分だけど、宮坂さんはどうなんだい?」
「どうしようかな。僕はどちらかというと肉うどんとか天ぷらうどんの気分かな」
「え、マジで! 今さっき雀の焼鳥を食べた所なのに、そこから更に肉うどんとか食べちゃうのかー」
すごいなー。驚きとも呆れともつかぬ六花の声を受けつつも、京子はジト目で見つめ返していた。
「半分と言えども僕は妖狐なんだ。狐は油揚げが好きってよく言われるけれど、でもやっぱりお肉とかの方が好きなんだよね」
「そう言う物なのか、お狐様って。ああ、でも確かにそうかもな」
雷獣である六花は、割と無邪気に妖狐は油揚げが好物であり、うどんであればきつねを好むと何となく思い込んでいた。しかし妖狐というのは元々はキツネであり、雑食と言いつつも肉食性が強い。油揚げが嫌いで食べない妖狐は少ないが、さりとて油揚げが大好物という妖狐もそう多いわけでは無い。
本来の食性を考えれば、妖狐の血を引く京子が、きつねやたぬきよりも肉うどんや天ぷらうどんを食べたいと思うのも、それほどおかしな事では無いのかもしれない。
(カンサイ、特にハンシン地区では、きつねは油揚げの乗ったうどんの事を指すから、きつねうどんとは言わないんだ。ちなみに油揚げの乗ったそばはたぬきと呼ぶんだよ。By:京子)
むしろ油揚げは六花の好物の一つでもあった。ついでに言えば六花は生モノや海産物が苦手でもあるから、うどんやそばできつねやたぬきを選びがちなのはそれほど奇妙な事でも無い。
他の班員も天ぷらだとか丼物が良いと言っているから、和食メインの定食屋が良いだろうか。行先は少しずつ、しかし着実に決まっていった。
ところが六花は、途中からそうした京子たちの会話を半ば聞き流していた。誰かが自分たちを監視していて、静かに尾行している事に気付いたためだ。視線には若干の敵意が混じり合っている事も、勘の鋭い雷獣たる六花は見抜いていた。そして狙いが六花である事も。
六花はだから、笑みを作って右手を上げ、京子たちに言った。
「ああ、悪いなみんな。ちょっと手洗い場に行きたくなったからさ。ちょっと抜けるわ。何、後で合流できるから皆は先に進んでおいてくれないかい。アタシが雷獣で、空も飛べるし電流探知が出来る事も知ってるだろう」
念押しするように言い捨てると、そのまま六花は班の集まりから離脱した。宮坂京子は何か言いたげであったが、結局六花を追わずに班の中に留まっている。京子が追いかけてくる事を懸念していたので、六花としては有難い結果だった。
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