第14話 ドキドキ(意味深)散策開始!

 何やかんやしているうちに、学園が指定した集合時刻となった。

 実は六花の班は比較的早めに到着したグループである。到着後は他の班のメンバーとどこに向かおうか話したり、コンビニの手前にあるガチャガチャを眺めたりと、弱冠フリーダムに振舞ってはいた。

 しかしもちろん、集合時刻の号令が入ると生徒たちは真面目にきっちりと班ごとに固まって整列した。六花自身も、高等部では真面目に過ごさねばと思っていたのだ。それに何より六花の班で言えば、宮坂京子がその辺は抜かりなく監督していた訳であるし。

 生真面目で仲間をまとめる力に関しては、やはり妖狐らしい一面が顔を覗かせるのだ。


「――と、言う訳ですので、生徒の皆様には節度を持って校外学習を楽しんでいただきたいのです」


 ベテラン教師の注意事項は、まぁ何というか想定通りの物だった。夏休み前・夏休み明けの校長先生の長話を三分の一程度に短縮したような感じだな。六花はそんな風に思っていた。と言ってもこの教師は校長先生では無さそうだけど。

 何かほかにお話はありませんか。教師の言葉が本心からの物では無いのを六花は感じ取ってしまった。話は既に終わっているけれど、形式的に口にしているだけなのだ、と。

 六花は表向きには粗暴なスケバン少女だと見做されている。しかしヒトの感情の機微には鋭いのだ。

 しかしながら、このおざなりな問いかけに応じた者がいた。金髪をなびかせて生徒たちの前に進み出たのは、二尾の妖狐の米田先生である。


「生徒の皆さん。注意事項に関しましては先程金沢先生が色々と仰ってくださったかと思います。

 ですがそこに加えて、私の方からも注意事項をお伝えしたく思います」

「米田先生……?」


 生徒たちのみならず、教師陣からも若干のざわめきが立ち上る。生徒を前にして、先生ではなく私と言ったのを六花は聞き逃さなかった。


「これからお話する事は、必ずしも起こる事とは限らないし、起こって欲しくないと先生も思っています。ですがどうしても、皆さんにお伝えしたい事なのです」


 そのような前置きをして米田先生が伝えたのは、犯罪者や不審者に出くわした時の対処法だった。

 特段難しい話ではない。そもそも論として怪しいヒトや場所には近づかない事、無闇に生徒たちだけで対処しようとしない事、間違っても闘ったりしない事。これらが主だった米田先生の話だった。戦闘云々については、ご丁寧にも正当防衛と過剰防衛の違い、どのように区別されるかについてもざっくりであるが説明してくれたほどである。

 六花は身につまされるような思いで、米田先生の話に耳を傾けていた。彼女自身、不審者が現れたら安直に立ち向かおうと思っていたからである。

 米田先生がそんな話をするとは思っていなかったのだろう。教師たちはうろたえていた。我らが担任である鳥塚先生も、困ったように首をかしげているではないか。

 そんなカオス極まりない状況下で、生徒たちは解散しても構わないと告げられた。

 生徒たちの動きはてんでバラバラだった。解散になったからという事でそそくさと歩を進めるグループもあれば、戸惑って動こうとしないグループもある。中には馴染みのある教師の下に近付いて、事情を聞き出そうとするグループさえあった。

 そんな中、六花たちのグループは観光地に向かうという事になった。判断を下したのは班長の宮坂京子である。他の班員たちは、意外に思いつつも京子に逆らいはしない。

 六花はだから、京子に思っていた事をぶつけてみたのだ。宮坂京子は善良な気質ではあると思う。しかし他のクラスメートたちは、京子に遠慮しているのか意見をぶつける事が少ないように思えた。

 特段六花は京子に対して気兼ねなどは無い。だからこそ気兼ねなく質問を投げかけられたのだ。自分が気になったからであるが、それはまわりまわって他の班員の為にもなるのかもしれないし。


「ふーむ。宮坂さんの事だから、ほとぼりが冷めるまで米田の姐さん、じゃなくて米田先生の傍で待機して、それから事の次第を聞き出すのかと思ったよ。さっさと進むなんて意外だな」

「それが出来れば僕としても嬉しいんだけどね」


 深く息を吐きながら、京子は肩をすくめる。伏し目がちのその面は物憂げだった。


「だけど梅園さん。今僕たちが米田先生にくっついて話を聞き出すのは得策じゃあないと思うんだ。他の先生たちもうろたえているし、混乱状態になっている訳だからさ。先生たちも僕らと同じく観光地をぶらつくんだ。その時に米田先生を見つけ出して、その時に込み入った事情を聞き出そうと僕は思っているんだよ」


 京子はそこまで言うと、六花や班員たちを見やりながら言い足した。


「もっとも、そこで聞き出せなかったらその時はその時さ。僕たち子供は知るべきではなかった事として諦めないといけないかな。

 今、ここで米田先生の許に向かって話を聞かないのもそう言う事なんだよ。皆は知ってるかどうかは解らないけれど、大人って子供に物事を隠すのが得意だからさ」


 成程、宮坂さんはそこまで考えていたのか。六花は思わず納得していた。やはり妖狐というだけあって、頭も回るし言葉も巧みに操っている。

 そう言えば、宮坂君って末っ子だったよね。それで大人っぽいんだねー。班員の一人が無邪気な声を上げる。これにも六花は妙に納得してもいた。

 大人びてませているのに甘えん坊。それでいて洞察力に長けて相手の懐に入るのが巧い。それらが末っ子の気質である事は六花も知っている。初対面がアレだったので不気味な女狐に見えたのだが、年長者に囲まれる間に培ったものだと思えば、成程心当たりはあるではないか。

 いずれにせよ、生まれつきの姉気質である六花とは異なる気質や特性という事には変わりはない。

 ともあれすっかり納得した六花は、ゆるゆると公園を後にする事にした。

 もちろん、周囲を電流でサーチし、悪いやつや妙なやつが近づいていないか探りながら、である。

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