第15話 教師たちの青空会議

 さて視点は再びトリニキに戻る。生徒たちは気まま(?)に寺社仏閣を巡り、土産屋で気に入ったお土産を購入するだけで良い(?)のだが、教師たちはそんなに呑気にやっていてはならない。端的に言えば、ブラブラするように見せかけて、無邪気にブラブラしている生徒たちの様子をそれとなく監督せねばならないのだ。

 なので、生徒たちを解放した後は、教師たちも解散し、各自生徒らの様子を見ながらぶらつくのが筋という物だった。

 実際トリニキも、そうした流れになるのだと信じて疑わなかった――米田先生が、不審者にどのように応じるべきか語るまでは。


 端的に言えば、あやかし学園の教師人たちの間には、カオス領域が誕生してしまっていたのだ。ちなみにこの中には生徒たちは立ち入れない。状況を察した妖怪教師の一人が、しれっと認識阻害の結界を張り巡らせたからである。

 なんだかんだ言いつつも、教師同士がいがみ合うような醜いシーンは、生徒に見せてはならない。トリニキも先輩教師の考えには同意だった。

 もちろん子供たちだって世間知らずではないから、何か察しているのかもしれない。だとしても、そうした物を押し隠すのが大人の役目であろうと思っていた。

 カオスを発生させた原因たる米田先生は、他のベテラン教師に詰め寄られている最中であった。詰め寄っているのは概ね天狗の教師である。もしかしなくても浜野宮理事長の関係者の気配が漂っていた。


「米田先生! 折角の校外学習だというのに、生徒たちをいたずらに不安がらせるとは一体どういう了見なのですか!」

「どうと言われましても、私はただ事実を伝えようとしただけに過ぎませんが?」


 天狗らしく(?)顔を真っ赤にして詰め寄る教師に対し、米田先生は平然とした様子で応じている。のみならず、彼女はショルダーバッグから何かを取り出した。先程購入し、目を通していた地方紙である。


「このキョートの地には、連続強盗魔の悪妖怪が逃亡している最中なのだそうです。先生方はご存じでしたか?」

「それは……」


 詰め寄っていた天狗教師は目をしばたたかせ、他の教師に視線を送る。あからさまにうろたえていたし、他の教師もざわめき始めていた。

 もしかしたら知らなかったのか? トリニキはまず疑問に思い、次に少し呆れてしまった。だが教師が新聞やニュースにろくろく関心を示さずに、防げたであろう事故を引き起こしてしまったり生徒を熱中症にさせてしまう事はままある事なのだ。誠に残念な話であるが。

 あやかし学園でも、そう言う事があるのかよ。そんな風に思ってしまったトリニキであるが、さりとて自分も彼らと同類なのだと思い直した。件の事件に関しては、米田先生に教えてもらうまで知らなかったのだから。

 しかし、キョートで起きている事件が、ハンシン地区の妖怪たちが把握していないなどと言う事はあるのだろうか。トリニキは最近見たニュースを思い出そうとした。だがその間にも、話し合いは続いていた。


「本来であれば、私ももっと早めにこんな事が起きていると把握できていれば良かったのですが……そうすれば、この校外学習だって……」

「校外学習を中止させるというのか! 若い女狐風情が何を抜かすかっ!」

「いえ、私は中止させるとまでは申しておりませんが……」


 米田先生……トリニキは小さく呟くほかなかった。心情的には米田先生の味方をしたかったし、彼女を庇うような発言を行うべきだと思ってはいた。しかし相手の教師たちの剣幕に怖気付き、小鳥のように成り行きを見つめるしかなかったのだ。

 所詮は野蛮な仕事をしていただけの野狐じゃあないか。教師の誰かがそう言ったのをトリニキは耳にした。


「教員免許を取得して、それで優しい女教師でございって面で生徒たちと接しちゃあいますけどね。米田先生、あなたが元々は野蛮な兵士に過ぎなかったって事は、この学園で働いていたら多かれ少なかれご存じなのですよ。

 ははっ。教科書を持つその手が実は血塗られていると知って、それでもあなたを慕う生徒がいるのか。その辺りは興味がありますなぁ……」

「別に私は、生徒に慕われる教師を目指している訳ではありませんので」


 件の教師の皮肉げな言葉に対し、米田先生もまた皮肉たっぷりの笑みを浮かべて応酬する。米田先生のそんな表情を見たのは初めてだったから、トリニキはうろたえてしまった。


「しかし鳴門坂先生。私の過去の経歴は、きっと皆様にお役に立つと思われるのです。特に先生方は、教壇に立つ事のみに重きを置いていて、いざという時の実戦をお忘れになっているようですから……」

「浜野宮理事長は、既に万が一のために白狼天狗と狗賓天狗の私服警備員をこのキョートに放っているんだ。毎年そうやっているって事は、君もご存じだろう」


 毒気を抜かれた様子で鳴門坂とかいう教師が言うと、そこで米田先生もにっこりと微笑んだ。毒気も皮肉もない素直な笑みである。


「そうでしたわね。申し訳ありません、私とした事がその事を失念しておりまして……ですが念には念を入れて、生徒らに注意喚起したのは良かったのではないでしょうか」

「米田先生も案外心配性なんだな」


 結局トリニキは何も言えなかったが、教員同士のやり取り(というよりも米田先生への詰問)は、割と穏便な方向に収束したようだ。

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