第33話 妖怪娘たちの選択

「六花ちゃん……ではなくて梅園さん。さっきは私の弟子たちが迷惑をかけてしまったね。申し訳ないよ」

「申し訳ありませんでした」

「あ、うん……俺も早とちりしてしまってすみません」


 連続強盗魔・芦屋川葉鳥に化けていたのではないかという嫌疑が晴れるや否や、六花は狐退魔師のいちかを筆頭に、退魔師たちからの謝罪を受ける事となった。

 先程まで敵愾心丸出しだった退魔師たちからの謝罪には、六花も面食らってしまっている。だが、悪い気はしないなぁと心の奥底で思ったりもしていた。まぁ自分は良い子ちゃんなどとは程遠い存在であるし。

 そんな事を思っていると、いちかは賀茂たちに何事か言っていた。やれ始末書だの反省文だのという言葉がチラホラと聞こえてくる。悪事や不祥事の折にはきちんとけじめを付けるのは、大人の世界でも同じ事。その事が垣間見えたので、六花は何となく安心した心持ちになれたのだ。

 さてそんな風に人心地付いた気分になっていると、いちかが六花と京子の方に向き直る。二人に対して向けるまなざしも、これまた真剣そのものだった。


「さてと。これで我々も君らが事件とは無関係だって事がはっきり解ったんだ。だからもう大丈夫だよ。梅園さんたちは実際に芦屋川に遭遇した訳じゃあないし、何より君らが戻って来るのを友達が待っているだろう。今日はお疲れ様。仲間たちの許に戻って引き続き校外学習を楽しみたまえ」

「ふふっ。宮坂退魔師殿も中々おもしれー話し方をするんだな」


 いちかの物言いに若干吹き出しつつも、六花は一礼した。物言いは確かに面白おかしい所はあるが、戻っても構わないという申し出は素直にありがたかった。六花はだから、京子を促して立ち去ろうとしたのだ。

 ところが、京子は歩を進めようとしなかった。六花と叔母であるいちかを交互に見やり、ややあってから決心したように口を開いたのだ。


「……折角だから、僕もいちか叔母さんの仕事に協力したいと思ったんだけど。それって出来るかな?」

「え、宮坂さん。あんた何を言って……?」


 京子の思いがけぬ申し出に、六花も驚いて声が出てしまった。京子がこんな事を言いだすとは想定外だったのだ。優等生ながらも用心深く慎重な彼女の事だから、笑顔で六花と共に(むしろ六花の手を引きながら)班員の許に戻っていくだろうと思っていたのである。

 そしてその思いは、六花だけではなく退魔師たちも同じだったらしい。賀茂や倉持は気まずそうに目配せしているし、叔母であるいちかも眉を動かすのが見えた。


「きょ、協力って、君らも俺たちと一緒にあの鵺女を捕まえるって事を言ってるんだよな?」

「はい。そのつもりで申し出てみたのですが」

「マジかー」


 軽いノリの倉持も流石に驚きの色を見せている。一方の賀茂は困惑した様子で京子を見つめ、それから師範であるいちかの方に視線を向けていた。

 

「そんなのダメに決まっているでしょ」


 問われるまでもなく、京子の申し出に対していちかは言い放った。口調そのものは穏やかな物であったが、反論を許さぬ圧という物が彼女の言葉にはあった。

 宮坂さん。小声で囁きながら、六花は京子の横顔を覗き見た。おのれの申し出をきっぱりと拒絶されたにも関わらず、京子は穏やかな表情を見せている。初めからこうなる事は解っていたと言わんばかりに。


「私たちがやっているのは、おままごとのヒーローごっこでもなんでもないんだよ。まだ学校で勉強をやっているようなご身分の子供たちが、お手伝い感覚でできるような事じゃあないんだ。それに犯罪に手を染める悪妖怪の恐ろしさという物は、京子だってよーく知っているんじゃあないのかい?」

「はい……いちか叔母さんの言う通りです」


 噛んで含ませるかのようないちかの言葉に、京子は俯きがちに返答する。その声の弱々しさやか細さが、彼女を憐れな少女のように演出しているように思えてならなかった。演技などではなく素での振る舞いである事は言うまでも無かろう。

 流石にいちかも姪の態度に思う所があったらしい。僅かに頬を緩ませて彼女は言葉を続けた。


「京子ちゃんも、友達が疑われたって事で驚いて……それで頭に血が上ってしまったのかもしれないね。だけど今回の件については、必ずや私どもが対処すると約束するよ。だからこの件で、京子ちゃんや梅園さんが心配する事も何も無いんだ。京子ちゃん。君には大変な時に傍にいてやれる事が出来なくて、その事は後悔しているよ」


 しんみりとした雰囲気を漂わせながら、いちかは寂しげに微笑んでいた。彼女も彼女なりに、京子の身を案じているという事なのだろう。


「五月の連休とか夏休みなんかとかでも良いからさ、時間を作って私の所に遊びに来ると良いよ。護身術とか簡単な妖術なら教えてあげるから、ね。まぁ……兄さんや義姉さんの事もあるから、あんまりガチな妖術は教えられないけれど」

「ありがとう、いちか叔母さん。それと困らせてごめん」


 京子はここで納得がいったのだろう。退魔師たちに今一度礼をすると、六花を促して班員たちの許に戻るべく歩を進めていた。六花はここで空腹を覚えたのだった。そう言えばお昼がまだだった。とりあえず皆と合流してから、その辺の料理屋に入れば良いだろう。

 そんな風に思い描いていた六花の未来予想図は、しかし即座に吹っ飛んでしまう事と相成った。何やら訳の判らぬ啼き声をあげながら、一匹の獣が六花たちの許に飛び出してきたからである。その獣は銀黒色の狐で、よく見れば京子の分身である塩原玉緒だったのだ。

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