第34話 トリニキ、猫系女子(ド直球)に引っ張られる
さて時間は少しばかり遡る。あやかし学園の生徒らの引率を担っていたトリニキは、六花たちの所属する班の面々と合流していた。トリニキ自身はたまたま近くを歩いていただけだったのだが、その姿を見た生徒の一人に捕まったのだ。牧野という猫又の少女はやや強引にトリニキの手を引いていたのだが、トリニキは彼女のなすがままに引っ張られていった。有無を言わずに手を引く彼女の表情と態度に、のっぴきならぬものを感じたためである。
「どうしたんだい牧野さん。もしかして……何かトラブルとか?」
他の班員がいるであろう場所へと誘導されながら、トリニキは牧野に尋ねた。牧野と言えば猫又らしく(?)マイペースで呑気な性格の女子生徒である。そんな彼女が血相をかいて教師の手を引いているのだ。のっぴきならない事が起きているのだとトリニキはすぐに思った。
そもそもからして、トリニキはこの度の校外学習にいくばくかの不安があった。班員の中にはあのスケバン雷獣の六花もいた訳であるし、何より悪妖怪が捜査の目を逃れてキョート市内をさまよっているという。胸騒ぎしない方がおかしいと言っても良かっただろう。
さて牧野はというと、トリニキの問いかけに対して困ったように首を傾げ、思案顔を浮かべながら口を開いた。
「トラブルって言うのかどうかは解らないんです。ただ、梅園さんも宮坂さんも急に私らから離れて何処かに行っちゃったから……」
「梅園さんだけじゃなくて、宮坂さんまで君らから離れたって言うのかい?」
牧野の言葉に多少なりとも驚きを覚え、トリニキは目を瞬かせた。六花が勝手に単独行動を行うというのはまだ何となく解る。だが、京子がそんな事をするようには到底思えなかった。風紀委員を真面目に勤めている事からも解る通り、根が真面目で、その上で品行方正に振舞おうと努力しているような生徒なのだ。
そんな京子が、勝手に他の班員を置いて何処かに行ってしまうとは思えなかった。ましてや彼女は班長なのだから。
そんな風に思っていると、牧野はトリニキの目をしっかりと見据えて告げた。
「最初は梅園さんだけが何処かへ向かうと言っていたんです。最初はお手洗いか何かかなって思ってたんだけど、でもそれにしては中々戻ってこないですし、それで今度は宮坂さんも様子を見に行くと言って私たちから離れたんです」
牧野はそこまで言うと、深呼吸を繰り返してから再び口を開いた。その表情は真剣そのもので、トリニキを見つめる瞳は猫の瞳そのものになっていた。深呼吸している間に言おうかどうかと悩み抜き、それでも意を決して喋る事を決めた――そんな牧野の心の動きがトリニキには見えた。
「宮坂さんは、きっと梅園さんが悪いやつに攫われたのかもしれないと思って不安になったんだと思うんです。悪妖怪がウロウロしているって話も米田先生たちに教えてもらいましたし、何より自分の事があったから……」
「うん。宮坂さんならそういう事を心配するだろうね。先生もそう思うよ」
牧野の言葉にトリニキは素直に頷いていた。京子の行った事が正しいか否かはさておき、彼女ならば心配しかねない事柄である事には変わりない。実際彼女は(結果的に何もなかったとはいえ)男に攫われた事もあるし、その影響が未だに尾を引いているではないか。
そんな事を思っていると、牧野の視線が中空に向けられている事に気が付いた。話す時にトリニキを見ていなかったのではなく、ふと気になって空を見上げてみたという雰囲気だった。トリニキもつられて上空に視線を向けたのだが、牧野が何を見ていたのかを見定める事は出来なかった。ただただ青空があって、綿のような雲が浮かんでいるだけだった。強いて言うならば飛行機雲に似た白線がぐねぐねとのたくっていたくらいであろうか。
「それで鳥塚先生。宮坂さんはいないんだけど、代わりに塩原さんは私たちの傍にいるのよ。でも宮坂さんはすぐ戻って来るだろうって言ってるだけなんだけどね」
「ふーむ。それはまた……」
興味深いなぁ。心の中に浮かんだ言葉をトリニキは飲み込んだ。牧野や他の生徒らは不安がっているであろうから、それを面白がるように思える言葉は控えるべきだと考え直したのだ。
京子の分身である塩原玉緒が班員たちの傍にいるのは、言うまでもなく京子の差し金であろう。塩原玉緒は自分の意志で動く部分があるものの、基本的には京子の思った事や望む事に対して忠実な側面もある。離れた自分の代わりに班員たちの傍にいるという行動も、ごくごく自然なものである。
取り敢えず、塩原玉緒に訳を聞いてみようか。牧野に手を引かれながら、トリニキはのんびりとそんな事を考え始めていたのだ。
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