第32話 管狐、スケバン雷獣への誤解を解く

「協力って、何を……?」

「大丈夫だよ、宮坂さん」


 メメトの申し出にうろたえたのは、六花本人ではなくて何故か京子の方だった。六花はそんな京子の姿を横目で見やり、それとなく手で制した。聡いのに妙な所で大胆さを見せる彼女の事だから、六花が何もしなければメメトに向かっていくのではないかと思われたのだ。

 

「天下の退魔師サマに協力なさっているんだから、メメト姐さんのやる事って言うのもやましい事でも何でも無いんだろう。ああ、もちろんアタシだってやましい事など何もありゃあしないさ。アタシは逃げも隠れもしないから安心しな!」

「これはこれは、何とも力強いお言葉ですね」


 六花の言葉を聞くや否や、メメトはひょうひょうとした笑みを見せていた。少しだけ待ってくださいね。言いながら、彼女はゆっくりと手袋を外し始めた。

 今更気付いた事であるが、メメトは両腕に黒い手袋をはめていたのだ。それも肘の中ほどまであるようなものを、である。日傘が似合う貴婦人が嵌めているようなアレをイメージしたら大体合ってるだろう。だがそれにしても、そんな大仰なものを両腕にはめているにもかかわらず、六花は今の今までその事に全く注意を払っていなかった。もしかしたら、そういう所も込みで妖術なのかもしれない。


「お待たせしました。私のサイコメトリーの術は、素手でないと発揮しないものなのです。なので普段は、逆にああして手袋をはめているのです」


 右の手袋だけを外したメメトが、先の行動とおのれの能力について説明してくれた。右手にはめていた手袋は左腕にさりげなく載せているのだが、だらりと垂れた様子は細長い動物の毛皮そのものにしか見えなかった。

 かといって露わになったメメトの腕に目を転じてみると、細くて白い腕に幾つもの傷跡が走っているのが見えてしまう。白茶けた傷は定規で引いた線のように真っすぐで、他の白線とも平行な位置を保っていた。何をどう考えても、事故や自然な怪我で出来たような傷ではない。


「実を言えば、私の方で既に偽札もサンプリング済みなのです。その上で梅園さんの思念を探り、あなたと偽札の間に繋がりの有無を確認すれば、それであなたが実際に事件に関与しているのか否かが明らかになるという寸法です。

 もちろん、あなたが本当に梅園六花なのか、或いは芦屋川葉鳥なのかも判りますがね」


 何処か含みのある笑みでもって、メメトは六花を見つめていた。ねっとりとした気配を感じる視線ではあるものの、六花は気にせず彼女を見つめ返す。強くない手合いほどねちっこい側面を持ち合わせる事を、六花はきちんと知っていた。

 それでは失礼しますね。メメトはそう言って右手を六花に差し出した。つられて六花も手を差し出す。

 表向きは、メメトと六花が握手しているだけのように見えるだろう。だがその握手は握手と呼ぶには長すぎたし――何よりメメトが神経を集中させている事は見ていて明らかだった。彼女は瞼を閉じ、それでいて何かを探るような表情を浮かべていたのだから。

 手を握られている六花は、実の所そんなに身構えてもいなかった。思念を逆流させる術をメメトが持つという事は先程聞かされたばかりだ。だが、そうした物が六花に流れてくる感覚は無い。とはいえ、何かを探られているような雰囲気は感じ取ってしまったけれど。


「――解りました。改めてお伝えいたします。梅園さん、あなたはシロですね。おめでとうございます」


 謎めいた握手が始まってから数分後。メメトはひんやりとした手を六花の手から離してこう言ったのだ。先程までの何処か煙に巻いたような声音とは違う、朗々としたはっきりとした口調と声音だった。


「あはは、そりゃあその通りだろうさ……」


 そう言って笑ってみた六花ではあるものの、どうにも足許がふらついてしようがない。探りを入れられた時に何かを吸い取られたような感覚に陥ってもいた。

 とはいえここで変化を解くのは何か癪だし倒れるのはもっての外だ。そんな風に思って気力で堪えていると、京子がさりげなく六花の身体を支えてくれた。だがその京子の視線は、六花ではなくメメトや退魔師たちに向けられていたのだ。


「いちか叔母様。梅園さんが潔白かどうかの判断は、さっきのメメトさんの鑑定だけで大丈夫なのですか?」


 なんと京子は、事もあろうにメメトの鑑定に疑問を抱いたらしく、これで話が終わるのは大丈夫なのかといちかに問いかけていたのだ。

 そんな事を言わずにさっさと戻ろうぜ……六花の心中をよそに、いちかは不敵な笑みを見せつつ頷いた。


「もちろん大丈夫だとも。メメト君は既にこの手の業界に身を置いてから長いんだよ。それこそ、六花ちゃんが生まれる前からやっていると言ってもおかしくはないかな。もう既にサイコメトラーとしての資格や試験にも合格していて、だからこそ彼女の言葉には信憑性はあると我々も信頼を置いているんだ。解るね京子ちゃん」

「ええ、ええ。私たちも信頼を勝ち得てこそ仕事ができる訳ですからね。雇い主を騙したり誤魔化したりするなんて事はやりませんよう」

「……いやさぁ、俺らの前でそんな事を言うのはよした方が良いと思うんだけどなぁ」


 いちかの割と真面目な解説にメメトが茶々を入れ、更にそのメメトの発言に倉持がツッコミを入れたのだ。六花としては倉持の発言で唯一共感できるものであったのだが、それについては割と些末な事である。

 ともあれ、六花への誤解と嫌疑は正式に晴れた事には変わりはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る