第31話 管狐、おのれの異能を語る

 自分にはサイコメトラーとしての力がある。獣妖怪を捕縛した手綱を引っ張りながらメメトはそう言った。世間話でも言うような塩梅で放たれた言葉であるから、六花には彼女が何と言ったのかすぐには呑み込めなかった。

 幸か不幸か、ポカンとしてしまったのは六花だけではなかった。京子だって不思議そうに首を傾げていたし、賀茂や倉持と言った退魔師たちもぼんやりとしているように見えた。ただただメメトの言葉をこの場で理解したのは、メメト本妖と宮坂いちかだけであるようだった。

 そんな状況だったからこそ、六花は声を上げたのだ。


「んで、そのサイコメトラーって言うのはどういう能力なんだい」


 よくぞ聞いてくれました。口にはしなかったものの、メメトの顔と瞳にはそんな風に記されていた。


「そのものに残る思念を読み取る能力を、サイコメトリーというのですよ、梅園のお嬢様。良いですか、物は確かに無生物ではありますが、持ち主の念やら何やらを吸収しやすいのです。そして私にはそれを読み取る能力がありましてね」

「まぁ要するに、バーコードとバーコードリーダーみたいな関係って事だな。もちろん、メメト姐さんがバーコードリーダーな訳なんだけど」


 六花はおとがいを撫でながら、成程成程と賢そうな表情でもって頷いてみた。何処かまだるっこしいメメトの説明を解りやすく翻訳し、未だにポカンとしている京子たちに解説してみたつもりではある。京子にしろ退魔師たちにしろ六花以上に現代っ子である事には変わりない。そう思っていたからちょっとドヤ顔にもなっていた。

 だが残念な事に、京子はジト目で六花を見返すだけだったのだ。まーた梅園さんってば変な例えを使ってるじゃないか。心の中で彼女がそう言っているであろう事が感じられてしまった。何か解せない。

 さて当のメメトはというと、縄跳びでもするように手綱を振り回しつつ(手綱を振り回しているのは獣妖怪たちが笑っているからであり、六花の言動に気を悪くしたからではなかろう)、口許に手をやりながら笑っていた。


「ええ、ええ。梅園のお嬢様のイメージで大体合ってますよう。と言っても、私をバーコード扱いなさる方は初めてですけどね。

 ただ付け加えますと、私が出来るのは、ただ物品に残った思念を読み取るだけでは無いんですよう。素手で触れればその方がその時考えている思念を読み取る事も出来ますし、あべこべに私が読み取った念やら何やらを、相手に送り込む事とて出来るのです」


 メメトはそこまで言うと、ぺろりと舌を出して微笑んだ。退魔師に仕える妖怪らしからぬ、いっそ小悪魔的な笑みだった。六花はその笑みに面食らったような気持ちになり、ややあってからメメトの能力の恐ろしさに気付いてしまった。その気になれば、この管狐の姐さんは何もかも知りつくす事が出来るのだ、と。よく見れば、倉持なども神妙な面持ちでメメトに視線を向けているではないか。

 そんな風に考えていると、二の腕に何かが触れるのを六花は感じた。振り返ると京子とばっちり視線がぶつかる。彼女が指でつついたのだと即座に悟った。


「梅園さん。雷獣たちだって考えている事を読み取ったりできるんだろう。脳の中にある思念も電気信号だって君も教えてくれたじゃあないか。メメトさんの能力も、君ら雷獣の力に似通っていると僕は思ったんだけど」

「ああ、うん。そう言う考え方もあるだろうな」

「うふふふふ。宮坂京子さんでしたか。やはりいちかさまの姪御どのという事もあり、博識ですねぇ」

 

 六花の戸惑いを感じ取ったのだろう。京子はそっと顔を近づけてメメトの異能と六花たち雷獣の持つ能力の共通点についてわざわざ教えてくれた。それで六花は納得していたし、メメトもメメトで何故か嬉しそうに笑っていたのだった。


「ともあれ、メメトの姐さんが、今回の事件解決に役立つって事で、今回現場にいるって事で良いんだよな」

「六花ちゃん。役立つって事じゃあなくて、既に彼女は役に立っているじゃあないか」


 フワッと放たれた言葉に応じたのは狐退魔師のいちかだった。彼女は六花を見やり、それからメメトが捕縛している獣妖怪に視線を転じる。


「芦屋川葉鳥の共犯者をこうして捕縛できたのも、メメト君の能力によるものだと私は思っているんだ。襲い掛かって来た相手に敢えて素手で触れて、それで君が過去に読み取った思念やら何やらを彼らに逆流させた。そういう事でしょう?」

「まさしく宮坂様の仰る通りです」


 いちかの言葉に、メメトは恭しく頷いていた。


「まぁ、逆流させると言いましてもこちらで調整して加減はしましたけどね。弱い逆流だと怯まない可能性もありますが、強すぎたら強すぎたでパンクしてしまいますので。何がとは申しませんが」


 頼もしいのか恐ろしいのか判らん奴だな。六花がそんな風にメメトの事を思ってしまった。そしてその考えを見透かしたかのように、メメトはずいと六花に近付いてきたのだ。


「梅園のお嬢様。あなたが芦屋川葉鳥とは……今回の連続強盗事件とは無関係である事を、この私めがここで証明いたしましょう。ほんの少しだけご協力願えますか」


 近付いてきたメメトは、未だにうっすらと笑みを貼り付けたままそんな事を申し出たのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る