第30話 退魔師もツレも曲者だったんですがこれは……

 さてここで、堂々と姿を現した狐退魔師と、そのツレと思しき妖怪娘が六花たちに対して自己紹介した。

 やはりというべきなのか、狐退魔師は宮坂いちかと名乗った。宮坂京子の叔母であり、賀茂・倉持の師範もしくは先輩格である事は、彼らの態度を見れば明らかな事だった。

 戦闘服と和服をミックスしたような出で立ちの宮坂いちかは、確かに京子の姉と見まがうほどに若々しい風貌の持ち主だった。小柄で華奢な身体つきという事も相まって、少女のような風貌ですらあった。

 しかし口許にたたえた妖しげな笑みや、全てを見通しそうなほどに鋭い眼光が、彼女が見た目通りの存在ではない事を物語っていた。まぁ、雷獣の六花などは、呑気に妖狐だから掴みどころのない雰囲気を醸し出しているのだと思った位だが。素直な所の多い宮坂京子も、心身ともに成熟すれば叔母のようになるのかもしれないとも思った。

 そしてツレの妖怪娘はメメトと名乗った。管狐であるという彼女は、実の所いちかの使い魔や部下などではないらしい。しかしこの度の連続強盗事件を解決すべく、雇い主から派遣されていたのだそうだ。いちかと行動を共にしていたのは、まぁ互いに面識があり、いちかがメメトの持つ異能にある種の期待を持っていたからなのだとか。


「メメトなんておかしな名前だと思われるかもしれません。ですが、メメント・モリのメメトだと思って頂ければ、一発で覚える事が出来るかと思いますわ」

「メメント・モリが名前の由来だとは、随分と悪趣味な由来なんだなぁ。死を思えだなんて言葉、自分の子供なんぞに付けるものかよ」


 六花が言い終わった直後、複数の鋭い視線がおのれに突き刺さるのを感じた。京子やらいちかやら、果ては若手退魔師などが六花を睥睨していたのだ。六花としては思った事を口にしただけだったのだが、デリカシーのない発言だと思われたのだろうか。

 ところが、当のメメトはけろりとした顔で六花を見つめているだけだった。のみならず、その口からは密やかな笑い声さえ漏れ出ているではないか。


「くすっ。雷獣のお嬢様も大分豪胆な気質だとお見受けします。ええ、きっと賀茂様や倉持様に嫌疑をかけられて追跡されていた時も、恐怖心はみじんも感じられなかったのでしょうね。触れずとも、私めにはそれがありありと解りますよう」


 横長の瞳(管狐はイタチの仲間なので、瞳は横長なのだ)で六花を見つめるメメトの声は、何とも言えない湿り気を具えていた。隣で京子が息を飲み、小声で何か呟いているのが聞こえてきた。メメトの存在に恐れをなしているらしかった。

 六花もまた、一尾の管狐を見据えながら笑い返す。


「ははは。アタシは単に校外学習をやっていただけで、何もやましい事なんて一ミクロンも無いんだよ。退魔師の連中が難癖をつけて追いかけただけだから、別に怖くも何ともないさ」


 六花はそこまで言うと、退魔師たちの方をちらと一瞥しながら言葉を続ける。彼らが、というよりも特に倉持が何か言いたげな様子を見せていた事に気付いたためだ。


「確かにアタシはあんたらから逃げたけれど、別にそれはあんたらが怖かったから逃げた訳じゃない。それが一番穏当な方法だったからさ。アタシにとっても、あんたらにとってもな。

 へへっ、アタシが退魔師ごときに尻尾を巻いて逃げるような腰抜けだとでも思ったのかい?」


 そういう六花の視線はメメトから外れ、若き退魔師である賀茂と倉持の方に向けられていた。その面に浮かぶのは獣の笑みである。頬や腕などの肌の表面に、ピリピリとした感覚が走り始めた。いつの間にか六花は興奮し、そのはずみで放電していたのだ。


「梅園さん……」

「ああ全く、六花ちゃんもとんだおてんば娘に育ったみたいだねぇ」


 六花の興奮と放電は、しかし女狐の言葉によって霧散した。さも愉快そうに言ってのけたのは宮坂いちかだったのだ。口許には悪戯っぽい笑みを浮かべ、懐かしむような慈しむような眼差しを六花に投げかけている。

 六花は何やら嫌な予感がしたのだが、しかしいちかの口は止まらない。


「三國君の許に引き取られたばかりの時は、本当にちみっこい仔猫だったのに、今じゃあそんなに立派な姿に育ったんだねぇ。あはは、ごんたくれな所なんかも、三國君にそっくりじゃあないか。やっぱり子供って言うのは育ての親に似るものなのかな」


 どこか楽しげないちかの言葉に、六花は思わず目を伏せた。頬が熱くなるのを感じたが、これは焔の術でも何でもなくて、単純に気恥ずかしさで火照っているだけに過ぎない。


「さて、世間話はこれくらいにしておこうか」


 六花が静かに恥じらっているのを尻目に、いちかは鷹揚な調子で言葉を紡ぐ。それから彼女はメメトに目配せし、口を開いた。ひとまずは状況整理をしよう。彼女の第一声はそれだった。


「まず初めに私たちがやっている事を説明しないとね。今、キョートの市内には芦屋川葉鳥という指名手配中の悪妖怪が逃走している最中なんだ。彼女は中級妖怪クラスの鵺で、その妖力や妖術を悪用して、連続強盗に手を染めているんだ。

 そして厄介なのは――葉鳥の高い変化能力なんだ」


 芦屋川葉鳥の変化能力が高い。その事を口にしたいちかの表情の鋭さに、周囲の空気が引き締まったような気がした。ついでに言えば、捕縛されている獣妖怪たちもびくびくと震えたように見える。


「彼女は見た者の姿にそっくりそのまま変化できるんだ。だからこそ、彼女が何処に潜伏しているのか、それを追うのに私たちもてこずっているという訳だったんだ」


 他の者の姿に変化できる。いちかの祖の解説を受けた六花は、おのれの視界がクリアになるような感覚を抱いた。倉持たちが執拗に六花を悪妖怪だと決めつけ、捕縛しようと躍起になっていた理由が解ったからだ。


「まぁ宮坂様。芦屋川葉鳥はまだ捕まっていませんが、彼女の共犯者はこうして捕縛する事に成功したのです。芦屋川葉鳥を我々が捕えるのも時間の問題でしょう」


 いちかの説明に応じ、付け足すような形でメメトが言葉を紡ぐ。その際に彼女が掴んでいた紐が揺れ、それに抗議するように獣妖怪たちが声を上げる。獣の啼き声そのものの声がしたと思っていたら、徐々にきちんとした人語の罵倒に変化していた。げせんなきつね。ハクビシンかテンのどちらかがそう言ったのが六花にははっきりと聞こえた。

 だがメメトは、涼しい顔で彼らを見下ろしているだけだったのだ。


「全く、言うに事欠いて他妖を下賤だのなんだのと言い募るのは、やはりルール違反だとは思うんですがねぇ。そもそも論として、こうして警察や退魔師のお世話になってしまうような事をなさっている訳なんですし」


 なぶるような口調で言いながら、メメトは紐を更に揺らしていた。奇妙な名を貰った因果なのか、メメトも中々の持ち主であるらしい。

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