第29話 親玉は遅れてやってくる

「話を聞いてみると言いましても、もちろん僕たちもお二方に質問したい事はございますが」


 既に落ち着きと気力を持ち直した宮坂京子が口を開き、退魔師たちに微笑みかけた。退魔師たちはまたも驚いた様子で目配せしあっている。驚き通しなのは二人が新人だからなのかもしれない。或いは、少女である宮坂京子が僕という一人称を使ったがために驚いたのだろうか。いかにも人間ならばありそうな話である。


「お二人が仰っているお師匠様、宮坂師匠とは、宮坂いちかの事でしょうか」


 京子の問いかけに、二人の退魔師は反応を見せた。倉持は怪訝そうな表情を見せるだけだったが、賀茂の方が頷いたのだった。二尾の妖狐の女性であり、自分たちは確かに彼女の教えを受けた退魔師である。簡単にしかし丁寧に六花たちに説明してくれたのである。

 そうでしたか。京子は一つ頷くと、その頬に笑みをうっすらと浮かべながら言葉を続けた。


「自己紹介がまだでしたね。僕は宮坂京子と申します。あなた方の師匠である狐退魔師・宮坂いちかは、僕の父方の叔母にあたるんです。ご存じの通り、叔母上もかなり若々しい見た目なので、叔母上と僕が姉妹であると思われても無理からぬ事でしょうね」


 宮坂いちかなる妖物の説明を聞きながら、六花は一人で思案を巡らせ納得していた。狐退魔師の姪という事であれば、人間の目には彼女の妹に見えたとしても何らおかしくないと思っていた。妖怪というのはある程度成長すると年の取り方が緩やかになるという。叔父叔母と甥姪だけではなく、実の親子であっても兄弟のように見える事もおかしくはない。あべこべに、同じ両親から生まれた兄弟姉妹であったとしても、年齢差が大きくて親子のような関係になる事もあるという。

 六花の場合は叔父夫婦に引き取られて育てられているが、叔父の三國やその妻の月華が六花の兄姉に間違われる事もしばしばだった。それどころか、六花の父と三國の年齢差は、三國と六花のそれよりも大きいという話も聞き及ぶほどであった。

 いずれにせよ、妖怪と人間では兄弟姉妹や親子の年齢差や関係も微妙に違うという事である。

 さてそうこうしている間にも、京子は説明を続けていた。片手はおのれの胸に手を添えつつ、もう一方をさり気なく六花の方に向けていた。二人の退魔師に向き合う京子の顔にはもはや恐怖の色も、困惑の気配すら見当たらない。やはり彼女は豪胆な気質の持ち主なのだ。

 校外学習のためにキョートに来た事、隣にいる六花は梅園六花と言い、この春に編入してきた雷獣の少女である事。これが京子が退魔師たちに説明した事だった。


「そして恐らくは」


 未だ半信半疑の退魔師二人に対し、京子は更に言葉を続ける。


「何らかの理由で梅園さんがあなた方の追っている悪妖怪……連続強盗魔と同じであると誤解されているのだと僕は思うのです。そしてそのきっかけは――」

「宮坂のお嬢さん。俺たちの判断を誤解だと言い切るのかい?」


 おいっ。六花の喉から短い怒りの声が漏れ出てしまった。京子の説明を――大人の退魔師二人に立ち向かい、その上で核心に迫ろうとしていたその説明を、事もあろうに退魔師の一人が遮ったからだ。

 もちろんというべきか、京子の言葉を遮ったのは倉持の方だった。六花の短い叫びに呼応し、彼の眼球もぎろりと動く。その瞳には怒りと、恐れや疑りの色がマーブル模様を象っていた。


「お、俺たちはな、退魔師として住民たちを悪妖怪から護るという神聖な仕事を請け負っているんだぞ。それを、誤解しているだとか、思い違いをしているだなんて言いがかりをつけるなんてどういう了見なんだ!」

「その台詞、宮坂師匠とやらを前にしても言い放てるんかよ、倉持のオッサンよぉ」


 スピッツ犬よろしく吠えたてる倉持に対し、六花も思わず恫喝する。倉持は何も環ずに六花を睨むだけだった。だが、怒りの念が先程よりも弱まったのを六花ははっきりと感じ取った。

(ははん、倉持という奴は、宮坂師匠には一目を置いているんだな。そしてそれがやつの……この二人の弱みになるのかもしれないな)

 頭の中で六花はそんな事を考えていた。脳筋でスケバンな彼女だが、実の所パワーバランスの計算は他の妖怪たちより得意だと自負しているのだ。

 さて賀茂はというと、相棒に対して呆れと諦観の入り混じった眼差しを向け、ため息をついていた。しかし彼女の意見を耳にする事はついぞ無かった。それより前に、京子が問いかけていたからだ。


「賀茂さんでしたっけ。叔母も今回の悪妖怪の捕縛に参加しているのでしょうか」


 これまで冷静に、取り澄ましているともいえる賀茂の態度と表情があからさまに揺らいだ。彼女は肩を揺らし、一瞬と言えども当惑したような表情を見せたのだ。

 だがそれでも、何かと騒がしく騒々しい相棒よりも胆が据わっている事には変わりない。数瞬の後には彼女はまたしても取り澄ました表情で京子たちを見下ろしていたのだから。


「ええ。お師匠様もキョートに配置されていますよ。宮坂さん。姪であるあなたもご存じのように、お師匠様もまたこの土地にはゆかりがあるんですから」

「それなら――」


 叔母を呼んで、それで僕たちの潔白を証明してほしいのです。宮坂京子はきっと、退魔師の賀茂に対してそう言いたかったのだろう。

 だが結局の所京子がそれを口にする事は無かった。それどころか、叔母である宮坂いちかを呼ぶように要請する必要すらなくなった。

 というのも、宮坂いちかと思しき妖物じんぶつが、堂々とした足取りでこちらに向かって歩を進めるのが見えたからである。その妖物じんぶつが京子の叔母であり、退魔師たちが師匠と慕う妖狐である事は六花には明らかだった。淡い金色の尻尾は二本あり、その面立ちは宮坂京子によく似ていた。妖気の質や匂いまで似通っているのだから尚更だ。

 だが六花が目を惹いたのは、件の女妖狐の隣に控える妖怪娘の方だった。麦わらのような明るい金髪のショートカットと、肘の中ほどまでを覆う黒い手袋がやけに印象的だった。彼女は片手に紐を握りしめていたのだが、その先には二匹の獣妖怪が絡まっていた。悪妖怪か何かを捕獲して、それを晒し物よろしく引っ張っていたという方が正しいであろうか。縛妖索の類なのだろう。引っ張られている方は変化を解き、唯歩くのがやっとと言った次第である。

 金髪の少女は六花たちと二人の退魔師を交互に見やり、そして大げさな様子で片腕を振るった。


「宮坂様! 私どもも証拠を引っ提げて駆けつけましたが……これはまたややこしい事になっておりますねぇ」

「そんなに騒がなくてもいいんだよ、メメト」


 わざとらしく驚く少女に対し、二尾の女狐は落ち着き払った様子で笑うだけだった。

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