第17話 アオハルには部活は必須って当たり前だよなぁ(威圧)
梅園六花と野柴珠彦の告白劇がどうなったのか。トリニキは当事者である野柴珠彦から顛末を聞き出す事に成功した。
結論から言うと、野柴は六花に完膚なきまでにフラれたのだという。だが、友達として一緒にいても構わないと言われたので、休み時間などは行動を共にするという塩梅であるらしい。野柴自身もそうした関係性には大いに納得しているらしい。六花への恋心にけじめをつけ、クラスメイトとして接しているのだそうだ。
「それで、野柴君と梅園さんが一緒にいたんだね」
「そうっす。梅園さんは僕が傍にいる事を認めてくれたっす」
そう言う野柴の頬は赤く火照っていた。しかしその表情は恋心で緩んでいるのではなく、相手への畏敬の念で染まっているようにも見えた。
トリニキはそんな野柴の顔を眺めながら、ぽつりと呟く。
「何というか、君の恋路がどうなるのか先生もちょっと心配していたんだよ。先生として、一人の男としてね。だけどまぁ、健全な方向に落ち着いたと知って先生も安心したよ。梅園さんも根は良い子だと思うから」
「それに彼女、まだこの学園に不慣れっすからね。だから休み時間とかに俺が案内してるっす」
やっぱり友達同士と言うよりも姐御と舎弟みたいな関係性じゃないか。トリニキは思わず変なため息が漏れるのをこらえる事は出来なかった。
「野柴君。仲が良いのは大いに結構なんだけれど、くれぐれも何かあったら先生や身近な大人に相談するんだよ」
沸き上がった罪悪感から、トリニキは僅かに声のトーンを落として野柴に告げた。
「……梅園さんがそんな事をする娘じゃあないと先生も思いたいけれど、君がパシリ扱いされたり、お金を巻き上げられたりしてもいけないから」
「鳥塚先生。梅園さんはそんな品のない事は絶対しないっす」
老婆心から出たトリニキの言葉を、野柴は真正面から否定した。その瞳の澄み具合と澱みも迷いもない口調に、トリニキはほんの少し救われたような気もしていたのだ。自分は愚かな事を口にしてしまったのかもしれない。そのような悔悟の念と共に。
「梅園さんはむしろ、俺にご褒美って事でお小遣いをくれるっす。でも……飲み物とか菓子パンを買うよりもいつも多いんで、ちょっと申し訳ないんすけどね」
「それはそれで問題だからね野柴君」
トリニキはここで軽くため息をついたのだった。
※
帰りのホームルームでは、今宮先生が部活動について生徒らに改めて連絡していた。あやかし学園では部活動の入部は強制ではないが、学園の意向としては入部する事を推奨しているとの事である。
また、入部のタイミングは中等部一年の一学期なのだが、基本的には随時受け付けているとの事であった。ある部活を辞めて別の部活に入る転部、複数の部活をかけ持つ兼部も、部活の顧問や部員たちと話し合ったうえで認められているという話だ。
――つまるところは、自分が高校生だった時の部活動と同じなのかな。
今宮先生の話を聞きながら、トリニキはぼんやりと思った。トリニキの通っていた高校でも、部活に入っている生徒が七割ほどを占めていた。中には帰宅部員もいたが、そう言った生徒は諸々の事情を抱えているか、そうでなければアルバイトや学外での活動に力を入れていたような気もする。
ほんの少しだけ学生気分に浸って部活の事をあれこれ考えていたトリニキであるが、今のトリニキはあくまでも教師である。
実はトリニキも、職員会議で部活動に関わらねばならない事は伝えられていた。部活動を楽しむ側ではなく、生徒らを監督し指導する顧問教諭としての立場である事は言うまでもない。部活動は教育課程には含まれてはいないものの、学校教育の一環である。その事を一教師であるトリニキも知っていた。
「――そんな訳で、今週は仮入部期間だから、部活に入っている皆は新入生たちの案内や説明に忙しくなるかもしれないね。どうか無理のないように活動に励んでね」
今宮先生はそこまで言うと、向かって右端の席の生徒に一枚のプリントを手渡した。梅園さんに渡してほしい。そんな事をその生徒に言い添えてから。
梅園六花こそは高等部からの編入生である。なので、ある意味新入生と同じ扱いになるのは自然な事だったのだろう。
「それと梅園さん。君には入部届を渡しておくからね。気に入った部活があったら入部届を顧問の先生に出すように。もちろん、部活選びで何か気になる事があれば、僕や鳥塚先生に遠慮なく相談してね」
「うん、解ったよ」
梅園六花は受け取ったプリントを見やり、短く返事を返した。敬語を使わない砕けた物言いではあったが、スケバンである彼女にしては随分と大人しく可愛らしい言い方だった。
或いは、そう思うトリニキの感性は既に鈍っているのかもしれないが。
※
「鳥塚センセ、やっぱりさ、部活って入らないといけない奴なのかい?」
入部届を携えた六花がトリニキに問いかけたのは、放課後が始まった直後の事だった。それこそトリニキも、顧問になった園芸部に顔を出すべきか否かと考えていた所だったのだ。
だが、若干迷って所在なさそうな六花の表情を見ていると、彼女を放っておく事は出来そうになかった。もう既に鳥塚先生と指名が入ってしまっているし。
「今宮先生は確かに、あやかし学園では部活動の入部を推奨するって言っていたよね。やっぱり勉強だけじゃなくて部活に励む事で趣味とか打ち込めるものも見つかるし、何よりも内申が良くなるからね」
しまった。調子よく説明を続けていたトリニキであったが、おのれの失言に気付いて口を閉ざした。部活への入部が内申に響く。こんな事は学園の教師が生徒に面と向かって言ってしまっていい事では無い。たとえ、生徒自身がそのような事を思っていても。
と言うか、内申云々を口にしてしまったのは、やはり予備校教師だった時の癖が抜けていないからではないか。そんな考えもトリニキの中でよぎったのである。
「鳥塚先生」
「あ、ごめんね梅園さん。内申とかそんな事は忘れて欲しいんだ」
六花に呼びかけられたトリニキは、口早に彼女に語り掛けた。
「べ、別にだね、部活に入る事は強制じゃあないんだよ。あくまでも、その……楽しいしメリットもあるかもしれないってだけでね。
だからね、入りたい部活が無かったり、面白いと思わないのに無理に入る必要はないって事だよ。特に梅園さんは……」
そこまで言って、トリニキは六花の全体像をさっと眺めた。六花の家庭環境は幾分複雑だし、弟妹達も幼稚園か保育園に通う程に幼い。メイドさんらしき妖怪は要るにはいたが、やはり雇われた
「梅園さんも忙しいだろうしさ」
「……いいや。アタシは部活に入るよ。鳥塚先生の言った事は一理あるし、アタシもアタシで出来るだけ品行方正にやっておかないといけないからね」
品行方正って……スケバンやっておきながらそんな事も考えていたのか。トリニキは思わずツッコミを入れたくなったのだが、トリニキ自身がツッコミを入れる事は叶わなかった。
未だに教室にいた一人の女子生徒が、くすくすと笑いながらこちらににじり寄ってきたからである。
男子と見まがうほどに堂々と、それでいて優美な足取りで近寄って来るのは、狐娘の宮坂京子その
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