第16話 日直たちは見た
結局のところ、トリニキは一時間目の終わった休み時間に相沢の相談に乗る事にした。相談事であれば早めに乗った方が良い、とトリニキ自身も思っていたからだ。
「待たせたね、相沢君」
「あ、ありがとうございます……」
トリニキの言葉に、相沢少年はたどたどしい様子で挨拶を返す。彼の隣にはごく当然のように女子生徒が控えている。確か彼女の名は
天狗娘の愛宕は、小麦色の肌とがっしりとした身体つきが特徴的な、何ともパワフルで活力のありそうな少女だった。顔立ち自体は年相応でそれもまた可愛らしい。
「それと、愛宕さんも来てたんだね」
「ええ、ええ。うちと相沢君は今日の日直ですからね。それにうち、宮坂君からも頼まれとるんです。乙女たちの秩序を護るためにあんじょう頑張って欲しいってね」
オーサカ弁キョート弁ともつかぬ口調で語る愛宕について、トリニキは特にツッコミは入れなかった。それよりも彼女は重要な事を口にしており、その事の方に意識が向いていた。
今回の案件は、この場にいない宮坂京子も気にかけている。そして――トリニキの読み通り、彼女には奇妙なカリスマ性があるという事だ。
もちろん個体差はあるが、天狗と言うのは概ね尊大な性質の持ち主である。学園長たる灰高のような大妖怪クラスの天狗は言うまでもなく、それこそ小天狗などの頃から、そうした気質は持ち合わせているのだ。
無論愛宕とてその特性からは逃れられぬはずだ。だが彼女の物言いは、宮坂京子に一目を置く者のそれであるように感じられた。
トリニキの脳裏に微笑む宮坂京子の姿がぼんやりと浮かび、思わず身震いしてしまった。
あてられたんですか……相沢は呆れたように呟いて、深々と息を吐いた。
「乙女の秩序って、愛宕さんも宮坂さんも大げさすぎるんだよ。言うて妖怪同士の事なんだから、僕も鳥塚先生も関係ないはずなんだけど」
「相沢君。そんなイケズは言うたらアカン。宮坂君かて、中等部で色々と大変な思いをしたのは知っとるやろ? そうでのうても、恋愛は人間同士・妖怪同士だけで行われるもんでも無いし……センセはどう思われます?」
「まぁ何というか……君らのクラスには人間も妖怪も一緒くたになっているからね。だからその、妖怪だからとかって除け者にしたり差別するのはどうかって先生も思うんだ」
愛宕に誘導されて紡いだ言葉は、しかしトリニキの本心からの言葉でもあった。もちろんトリニキだって、実を言えば妖怪たちが跋扈する学園やクラスには若干へどもどしている部分はある。だけど今の自分は教師で指導者なのだ。そのようにおのれの心を鼓舞してもいた。
嬉しそうな愛宕とは対照的に、相沢は何か失望したような表情でこちらを見ている。もちろん、そんな彼へのフォローも忘れない。
「相沢君。君だって妖怪の女の子たちに挟まれて、心細くて不安だったよね。見ての通り、先生だって人間だから、君の気持ちは何となく解るよ。だからその……それでも日直として先生に報告してくれたのは嬉しいな」
ありがとうございます。礼を述べた相沢は照れたような表情を見せていた。
「今宮先生に相談しようって話もあったんです。ですが今宮先生にはちょっと話しづらくって……」
「そのための副担任なんだよ、先生は」
トリニキのこの言葉もまた、偽らざる本心からの言葉だったのだ。
※
「それでですね鳥塚先生。僕たちが朝教室に入ったら、こんなものが――」
「これは……」
前置きが妙に長かったものの、三人は話の本題に入り込む事となった。トリニキを呼び込んだ張本人である相沢は、(愛宕や宮坂京子に睨まれている事もあろうが)きちんとリーダーシップを見せてくれた。要するに自身のスマホを展開し、写真を見せてくれたのだ。
小さな液晶画面に映ったものを見たトリニキは思わず息を呑んだ。野柴珠彦が梅園六花に懸想し、それによって行動を起こしてしまった事はトリニキも知っていた。だがまさかこんな事になるとは……
「相沢君に愛宕さん。改めて聞くけれど、君たちは高校生だよね?」
「そ、そうだけど……」
「うちも相沢君たちと同じピチピチの高校生でっせ。まぁ、妖怪は人間とは年の取り方が違いますけれど、その辺は大目に見ておくれやす」
トリニキは二人の顔と画面とを交互に見やりながら、小さくため息をついた。
「犯人……が誰なのかはさておき、まさかこんな事をしでかす人がクラスの中にいるなんて。これじゃあまるで小学生の落書きじゃあないか」
画面に映し出されていたのは、黒板に描かれていた相合傘だった。好きな男女がいるという噂が立ち上った時に、誰かがおふざけで描くアレである。ご丁寧にピンク色のチョークで描かれており、傘の上のハートマークが妙に綺麗に仕上がっている。
その相合傘の中には、さも当然のように野柴と六花の名――厳密には苗字である――が記されていたのだ。
「ま、まぁこれは本人たちの、野柴や梅園さんの目には触れなかったんですけどね」
呆れて硬直するトリニキの耳に、相沢の上ずった声が入り込んだ。
「僕たちだって、何とも幼稚ないたずら描きで楽しむ奴がクラスにいるんだなって呆れかえっている所なんですよ。僕としては、二人の目に入っていない事だし、そのまま消してうやむやにしてしまえば良いって思っていたんです。
だけど、宮坂さんがこの落書きを目ざとく見つけたらしくって、それで……ややこしい話になってるんですよ」
「宮坂君がこの相合傘を見つけたのはしゃあない話やんか、相沢君」
事を荒立てたくないであろう相沢に対し、愛宕はちょっと呆れた様子で言葉を紡ぐ。
「米田先生に会うために、宮坂君が早うに登校しとるのは相沢君かて知ってるでっしゃろう。それに、そうでのうても野柴君と梅園さんの告白劇の顛末は、皆知ってるねんから」
「あ、やっぱり告白したんだね、野柴君は……」
告白劇の言葉にトリニキは思わず反応していた。思いがけぬ言葉に愛宕も相沢も驚いていたようだが、気にせずトリニキは続けた。
「あ、まぁ先生がその事を知ってるのは……まあ先生だからだと思ってくれるかな。その事について話していたらまた長くなるかもだし。
それで、結局どうなったの?」
「それについてはうちが教えましょ。良いですか鳥塚センセ……」
愛宕が話そうとした丁度その時、トリニキたちの横を二人の生徒が通り過ぎていった。その生徒は一組の男女であり、ついでに言えばトリニキの受け持つクラスの生徒だった。
「成程なぁ……学園の中も結構自販機が充実してるんだな。ありがとな、野柴」
「良いっすよ梅園さん。梅園さんに褒められるとなんか気恥ずかしいっす」
噂をすれば影とはよく言った物である。トリニキたちの横を通り過ぎていったのは、梅園六花と野柴珠彦の両名だったのだから。六花は紙パックのオーレを飲みつつ教室へと歩を進め、野柴はそれに追従する形だった。非常に仲が良さそうだった。恋人同士と言う甘やかな雰囲気というよりも、姐御と舎弟と言った関係性がしっくりきそうな雰囲気ではあるが。と言うか六花の方が野柴よりも十五か二十ほど若かったとも聞くし。
「ま、あの二人はあんな感じで落ち着いたみたいです」
愛宕が言い終えるや否や、授業開始のベルが鳴り響いたのであった。
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