第7話 【速報】雷獣娘、少しデレる

 結局のところ、トリニキたちが逃げる暇もなく(トリニキは巻き込まれただけだから逃げる必要性は特に無いのだが)警察たちはやってきてしまった。妖怪が悪さをしていたという事でもちろん妖怪の警察もいたのだが、よく見れば人間も混じっていた。

 警察たちはイタチ妖怪などと言ったチンピラ妖怪たちを手際よくしょっ引き、ついでにトリニキや六花の事情聴取も行った。

 初の事情聴取を受けて冷や冷やしたトリニキであったが、意外にもすぐに解放された。トリニキは本当に巻き込まれただけだったし、六花もギリギリのところで正当防衛と見做されたからだ。釘バットなんて危ない物を学生が振り回したらいけないよ。黒い二尾が特徴的な穂谷巡査部長に一言たしなめられたのだけど。


「はあーっ。ポリ公なんざ国家権力のイヌに過ぎないって思ってたけれど、中々どうしていい仕事をしやがるじゃあないか」

「こらこら梅園さん。そんな事を言っちゃあ駄目じゃないか」


 去り行くパトカーを眺めながらぼやく六花をトリニキは軽くたしなめた。本当はもっと教師らしく、威厳のある姿で注意したほうが良いのかもしれない。ましてや自分は女顔で、威厳とか強そうな雰囲気からは縁遠いのだから。

 それに予備校では親しみやすい生物教師として通ってきたトリニキである。スケバン生徒を前にしたからと言って、中々すぐには路線変更は出来なかった。

 それでも、六花はむっとしたような表情でトリニキの言葉に反応した。妖術を使っているのか、物騒な釘バットは見当たらない。その代わり、右手首に小さな球を連ねた数珠が巻き付いている。


「ポリ公が国家権力のイヌだって教えてくれたのは、俺の叔父貴だよ」


 叔父貴。情感を込めて放たれた六花の言葉を、トリニキは反芻していた。梅園六花が実の両親ではなく、叔父夫婦に育てられている事はトリニキも知っていた。叔父の三國ももちろん雷獣であるのだが……中々に過激な思想と挙動の持ち主であった事も。ヘッドハンティングの末に大組織の幹部職に収まっている彼であるが、元々三國は反体制派のリーダーのような男であり、カリスマ性も機動力も兼ね備えていたという。

 若い頃――今も彼は妖怪的には若いのだが、まぁ言葉の綾だ――などは、自家用車で敵対組織のビルに突っ込んでいったという武勇伝もとい蛮行さえあると噂されている。

 して思えば、姪である六花が釘バットを振るって敵妖怪を圧倒するのも何らおかしな話ではないように思われた。むしろ叔父よりも可愛い手段に思えるのではなかろうか。


「さーて。アタシもそろそろ帰るとするよ。大体この町がどんな感じなのかって判ったし」


 六花はそう言うとだらしない表情で欠伸をし、ついでにぐっと腕と背を伸ばした。身のこなしも身体つきもしなやかで、何のかんの言ってもまだ少女なのだ。トリニキは唐突にそう思った。

 それからこの女子生徒が、急に可愛らしく思えてきたのである。


「ねぇ、ちょっと――」

「何だよ」

「もう帰るのかい?」


 当たり前だろ。つい先程まで釘バットで武装していたはずの雷獣娘は、さも当然だと言わんばかりに頷いた。澄ましたような表情は、何処か大人びていて寂しそうでもあった。


「チビたち――弟妹達が寝る時間だからな。あいつら、アタシの事をお姉ちゃんって慕ってくれているんだよ。叔父貴も叔母さんも仕事で遅いから、アタシがいないと寂しがるし」

「…………」


 六花の弟妹達。その言葉を聞いたトリニキは迂闊だったと思っていた。彼女を引き取った叔父夫婦の間には、男児と女児が一人ずついるという。六花の言う弟妹達とはその子たちの事であろう。

 しかしそれにしても、叔父夫婦が仕事で遅く、六花がその子供の面倒を見ていたとは……ヤングケアラーと言う言葉が脳裏に浮かび、すぅっと遠くをかすめていった。


「そっか。それじゃあ早く帰った方が良いよね。本当はお礼を言いたかったけれど……よく考えたらまた教室でも梅園さんにも会えるもんね。さっきは本当にありがとう」

「ははっ。鳥塚先生も礼儀正しい先生なんだなぁ。まぁ、ちょっとだけなら話に付き合っても大丈夫さ。家からはそんなに遠くないし」


 何か妙に引き留めてしまったな。トリニキは少々申しわけなさを感じつつも、自販機に向かった。今回の労をねぎらうために、ささやかながらジュースでも奢ろうと思ったのだ。

 本来ならば、公務員でもある教師が、生徒に対して個人的にプレゼントを贈ったりする事は不健全な事と見做されるのかもしれない。しかし、トリニキが六花に渡すのはワンコインで買えるジュースに過ぎず、何より彼女に助けてもらったばかりである。お堅い教師の面々も、これくらいなら目をつぶってくれるだろう。トリニキは勝手にそう思っていた。


「本当にありがとうね梅園さん……はい、どうぞ」


 トリニキは六花にミックスジュースの缶を渡した。じゃあアタシはこれにするよ。そう言ったものを購入したはずなのだが、何故か六花はその時ぼんやりとしていた。どうしたのだろうか。缶の表面に水滴が浮かぶのを眺めていると、六花は我に返ったらしく、こちらに視線を向けてくれた。


「あ、悪いな鳥塚先生。ありがと」


 そう言ってジュースの缶を受け取り、取り繕ったように六花は笑みを向けた。どうしたのか、と問うまでもなく彼女は言葉を続ける。


「いやさ、さっきから何かがこっちを見ているような気がしてね。それがちょっと気になっていたんだよ。そうだなぁ……さっきまであの辺にいたんだけどな」


 空いている方の手で、六花は街路樹の根元を指示した。トリニキは反射的にそちらを見やったが、六花が見つけた何かを探り出す事はかなわなかった。


「あはは、そんなに躍起になっても見つからないよ。もう向こうは気付いたみたいで逃げちまったんだからさ」


 何故か無邪気に笑う六花を見やりつつ、トリニキもまたエナジードリンクを買うべく自販機に向き合ったのだった。


ミックスジュース:作中では関西圏のため、牛乳と複数の果物を混合した飲料の事。缶入りでは「ミックスジュース」と言う名称で販売する事は出来ないが……通称であると思って頂ければ幸いである(作者註)

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