第12話 トリニキと米田先生、そして鳥類たち
さて梅園六花の一行が固まってわちゃわちゃとカラスマ公園に向かっている訳であるが、そのカラスマ公園内に既にトリニキの姿があった。教師たるトリニキは、既に生徒らよりも早くこのカラスマ公園に到着してもいたのだ。今更言うまでもないが、教師と生徒では立場も重みも違うのだ。
もっとも、トリニキの場合は若干早く到着し過ぎたきらいもあるのだが。久しぶりにキョートに出向くという事で、余裕を持って出発したつもりなのだが、いささか余裕を持ち過ぎた。
だから……というわけでは無いが、道中のコンビニで購入したチキンカツサンドをカラスマ公園の一角でぱくつく事となったのだ。普段よりも遅い朝食である。とはいえトリニキ的には致し方ない事だと割り切っていた。遠出と愛鳥マリンの面倒を見る事。それを両立するために朝食を犠牲にした。ただそれだけの話である。
とはいえ、教師がベンチで食事を摂るのはお行儀が悪いと思う手合いがいるのだろう。ケヤキの枝には黒い鴉が羽を休め、トリニキを見ながら何やら啼いているではないか。
ちなみにこの鴉はただの鴉ではない。鴉天狗である浜野宮理事長の配下の鴉であるらしい。生徒らや教師に万が一の事があってはならぬとばかりに、浜野宮理事長が放っていたのだろう。或いは逆に、学園の者たちを監視するために。後者だとしたらいかにも天狗らしい考えと言えよう。天狗は妖怪たちの中でも特に社会性が強いのだから。
「せんせー。鴉たちが僕たちを見張ってますよぅ」
「その先生はチキンカツサンドを食べてるけれど、それは大丈夫なのかい?」
「チキンはニワトリでしょ。自分、スズメなんで。何となれば僕だって鶏肉を食べる事もありますけどね」
トリニキの傍らにいたのは鳥妖怪の少年だった。中等部一年生という事で、雀妖怪であるという事を差し引いても全体的に幼さが漂っていた。普段は高等部の生徒らを受け持つトリニキだから、余計に彼の幼さに注目してしまうのかもしれない。妖怪だから相手の実年齢は定かではないけれど。
それはさておき、トリニキがさらりと放ったチキンカツ発言を、雀妖怪の少年は見事にスルーしたようだった。だが冷静に考えれば彼の反応は特におかしなものではない。
鳥妖怪に鶏肉料理を食べている所を見せて反応を窺う。これは哺乳類種族の……というよりも人類がよく行うジョークというか悪ふざけの類である。鳥妖怪たちには「何食べてんですか!」と言ってもらったり、或いは彼らが鶏肉の料理を食べている所をからかったりするというしょうもない遊びである。
とはいえ、鶏肉を食べている所を見てショックを受けるのはあくまでも鶏やそれに近しい種族の者たちに過ぎない事はトリニキも解っている。雀妖怪の少年であれば「そう……(無関心)」と言った態度でも何らおかしくはない。スズメはスズメ目であり、ニワトリはキジ目なのだ。鳥類という括りに収まってはいるが、系統分類的にも大きくかけ離れた種族である。
それこそ哺乳類で言えば、キツネにウサギが食べられる所を見せて、さぁショックを受けたかと詰め寄るような物でもあるのだ。
「ははは、ごめんね。先生もちょっとぼーっとしていたのかもしれないね。今朝ごはんの最中だからさぁ……」
馴れ馴れしく話し続けた事に気付いたトリニキは、表情を引き締めつつ言葉を続ける。
「ともかく食事は抜かないようにきっちり摂る事が大切だって先生も再確認したところさ。それにね、この鴉たちは危ないやつじゃあないから大丈夫。見た感じ、浜野宮理事長の遣いの鴉たちみたいだしね」
そう言いながら、トリニキは雀妖怪の少年や彼の周りにいる同じ班の面々の様子を窺った。雀が鴉を恐れるのはごく自然な事である。(時には雀などの小鳥が集団で鴉を追い回す事もあるけれど)それは妖怪であっても同じ事だろう。
ましてや向こうは鴉天狗の遣いなのだ。であれば用心深そうな雀妖怪の少年はよりいっそう怖がったり警戒したりするのではないか。そんな風にトリニキは考えていた。
ところが、雀少年の顔に浮かんだのは納得の色だった。
「浜野宮理事長の鴉だったんですねー。だったら大丈夫かな。センセ、実は僕の家族って、浜野宮理事長の家族が運営する会社で代々働いているんで」
「そうだったんだ!」
「カアッ!」
雀少年の言葉に、トリニキは頓狂な声を上げてしまった。そんなに騒ぐな、とばかりに枝に留まっていた鴉にも注意される始末である。
改めて雀少年の姿をトリニキはまじまじと見やった。家族が代々働いているという事は、何世代も妖怪として続く家系の生まれなのかもしれない。しかも雀妖怪が鴉天狗の許で勤務しているのだから、中々優秀な家柄なのかもしれないな、とトリニキは思ってもいた。
「それにしてもセンセ。僕ってば先生の事を振り回しちゃいましたかね。勝手に怖がって勝手に用心していただけだったから……浜野宮理事長の遣いの鴉だったら、お父さんとかお父さんのお父さんたちの仕事仲間みたいな物なのに」
別に良いんじゃないの? トリニキはそう言おうとしていた。だがそれ以上に、雀少年の言い回しの独特さに心を惹かれていた。祖父の事をお父さんのお父さんと表現するのが何とも可愛らしい。トリニキの周りにいた人間たちはそんな言い方はしなかったが、いかにも彼らしい言い方だと思っていた。
「いいえ。いつだって用心する事に越した事はありませんわ。
凛とした、聞き覚えのある声がトリニキたちに投げかけられた。雀少年がピャッ、と小鳥らしい声を上げて声の主の方を見やる。
声の主は米田先生だった。校外学習の引率者らしい出で立ちであるのだが、何故か新聞を手にしていた。雀少年がびっくりしたのも無理からぬ話だろう。米田先生は妖狐であり、明らかに鳥類の捕食者なのだから。
そうしているうちにも、雀少年は仲間と共にトリニキや米田先生から離れた所へと立ち去ってしまった。樹上の鴉は逃げずに下界の様子を窺っている。
「鳥塚先生はもう到着なさっていたんですね」
「ええ、まぁ……」
ゆったりとした所作で新聞を畳む米田先生に対し、トリニキは曖昧な口調で応じるのがやっとだった。しかもその視線は相変わらず新聞に向けられている。新聞の名前からして地方紙だった。無論スポーツ紙などではない。
「米田先生は新聞を買われたんですか?」
「ええ。少し気になる事件について記事に乗っておりましたので。万が一という事もありますので、読んでおこうと思った次第です」
気になる事件。米田先生のその言葉に、トリニキは思わず居住まいを正した。キョート地方の出来事を記しているその新聞の小見出しに、「悪妖怪 逃亡中」という不穏すぎるワードを発見したからである。
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