第11話 スケバン雷獣の勘違い

 六花たちの班はイクタ神宮駅までに全員合流し(これはまぁ他の班の面々も同じ事なのだろうが)、電車を乗り継いでキョート府内のカラスマ駅までたどり着いた。ここでの道中については特筆すべき事は特には無い。電車での旅は何事もなく和やかな物であったと言えるだろう。

 後は駅を出てすぐのカラスマ公園に向かうのみである。ぞろぞろと固まって歩く中、一行の中で六花と京子がいつしか先頭を進む形になっていた。別に彼女たちが妖怪であるから歩くのが早いとかそう言うわけでは無い。グループの中で京子が班長を務めていたからなのかもしれない。六花は別段班長とかそう言った立場ではなかったが、他の生徒たちからは京子とほぼ同格の存在だと見做されていた。


「キョートなんて久しぶりだけど、やっぱり賑わってるねぇ……」


 周囲にさっと視線を走らせた六花の口からはそんな言葉がぽつりと漏れた。往来は行きかうヒトビトでごった返していた。人間は言うに及ばず、様々な種族の妖怪、そして魔族やモンスターと呼ばれるような国外出身の面々も見受けられる。

 彼らの目的地もさまざまであるようだった。クタッとしたスーツ姿でゆったりと歩くサラリーマンやはつらつとした様子で歩く学生などと言った、通勤通学に向かおうとする者たちも目立った。だがその中に、明らかに観光客だろうと思しき面々も見受けられたのだ。バウバウ言いながら肉球でパンフレットを掴む犬頭の獣人たちは、何処からどう見ても国外の観光客だった。彼らも日本出身の犬獣人と同じく立ち耳で尖った鼻面の持ち主なのだが、やはり欧米出身らしく毛並みも顔立ちも欧米風だった。

 さて六花たちに話を戻そう。六花の呟き自体は単なる独り言であったのだが、その呟きは固まって歩く女子生徒たちの耳にきちんと届いていたのだ。


「梅園さんってキョート久しぶりなんだー」

「ほらさ、中学はうちらと違ったから。公立中学の校外学習なんて近場の公園での遠足だったってお兄ちゃんも言ってたし」

「というか梅園さんってキョート出身じゃなかったっけ? そんなイメージがあったんだけど」

「え、そう? キョートじゃなくてナラ出身かと思ってたんだけど」

「アタシはオーサカ出身だよ。ま、ちっちゃい時に三國の叔父貴に引き取られてからはタルヒで育ったんだけど」


 ナラ出身ではないか。そんな類推に対して思わず六花は口を挟んだ。オーサカの実家で過ごしていたのは産まれてからほんの十年ほどの事である。だからオーサカ出身であるという事に対して、実はそんなに執着はないはずだ。だというのに、別の府県の出身ではないかと言われると、ついついムキになってしまうのだ。

(十年って言うのは、人間で言えば三~五年くらいって思ってくれよな! アタシは妖怪だから、歳の取り方も違うんだ!:by六花)


「そっか。梅園さんってオーサカの出身だったんだね」

 

 ずっと黙って話を聞いていた京子が、ここでようやく口を開いた。編入した当初は多くの女子を侍らせて悦に入る女狐かと思っていたのだが、案外他人の噂話には無関心な節があるらしい。というよりも、ああだこうだと話す所に首を突っ込まない用心深さの裏返しなのかもしれないが。


「でも確かに、言われてみればオーサカ出身の気質は梅園さんにはあるよね。人懐っこいし、義理堅い所もあるしさ」

「はは……そんな感じなのかな……」


 京子の言葉に、六花は愛想笑いでもって応じた。彼女の物言いには皮肉や含みは無かったのだが、むしろ純粋な調子で言われたので気圧されたように感じたのだった。


「なぁ皆。何かアタシたち、めっちゃ見られてるような気がするんだけど」


 駅から徒歩五分程度のカラスマ公園へと進みながら、六花は気になっていた事を口にした。先程からずっと見られているような感覚がまとわりついてきたのだ。しかも一人二人などではなくて複数である。

 集合場所付近という事で学園の生徒や教員と思しき者も見受けられたが、視線の主は見知らぬ連中ばかりのようでもあった。

 六花の呟きに、京子や他の女子生徒たちはすぐに反応した。


「そりゃそうだってば。梅園さんって美人さんなんだから! サラリーマンのオッサンとか地元の中学生とかもついつい見とれちゃってたんだよぉ」


 そんな風に言ったのは猫又の少女である。二尾がくねくねと動き、獣の瞳には羨ましそうな光が宿っていた。

 あー成程。それでアタシを見てたんだな……六花は猫又少女の言葉に、安堵の言葉と息を漏らしていた。


「てっきり叔父貴、いや叔父さんの事を知っているヒトたちがアタシの事を見てるのかなって思ってたんだよ。叔父さんも結構ヤンチャ、じゃなくて活動が派手だから、キョートでも知ってるヒトもたくさんいるだろうしさ」


 割合大真面目に放った六花の言葉に、女子生徒たちがどっと笑い始めた。梅園さんって意外と天然なんだね~笑い声交じりの彼女らの言葉には、親しみを感じたというニュアンスもふんだんに含まれていた。

 やはりここでも京子はしばらく聞き手に回っていたらしい。彼女が口を開いたのは、六花と目が合った後の事だったのだ。


「確かに僕も、梅園さんは綺麗なひとだと思うよ。でもちょっと自分の立ち振る舞いとかお洒落にはあんまり興味ないみた……?」

「どうした宮坂さん」


 言葉を中断した京子に対し、六花は首をかしげて様子をうかがう。話しかけていた事を途中で打ち切るとは彼女らしからぬ行為だったからだ。しかも視線は六花や他の生徒たちから離れている。

 あ、ごめん。ややあってから、六花に視線を戻して京子は短く詫びた。


「今さっき、コンビニに米田先生が入ったのが見えたから……」

「そうだったんだ。米田先生も、もうこっちに到着しているんだな」


 話している最中に米田先生を発見した。京子のその発言にもまた、六花は特に注意を払わなかった。米田先生も教員としてこちらに出向いているのはおかしな事では無いし、そもそも京子は彼女に恋心を抱いている。意中の相手を目撃し、それこそ見とれてしまったのだろう。

 そんな風に思っていたから、京子が思案顔である事もそれほど気にも留めなかったのである。

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