第10話 狐娘、改めての自分語り
「女性専用車両に乗るのに、学ラン姿だったらマズいと思ってね」
ブラウスに女物のカーディガンを羽織った姿について、京子はそんな風に説明してくれた。
彼女が女性専用車両を使おうと思った事については、ごく自然な事だろうと六花も思っていた。京子はかつて男妖怪に攫われ、危険な目に遭いかけたという。学園内では堂々とした態度を見せてはいるが、それでも男性教師(トリニキ含む)や男子生徒(野柴珠彦含む)達には用心深く距離を取っている部分が見え隠れしている。
学園内で毎日のように顔を合わせている教師や男子生徒に対してですらそのような態度なのだ。電車で出くわす見知らぬ男たちを警戒するのは無理からぬ事だろうと六花は思っていた。
「ふふ、実際に僕はやらかしちゃった事があるんだ。まだ中等部の頃の事だけどね。ほら、学ラン姿だったら僕は男の子に見えてしまうから……」
言葉尻を濁らせて京子は力なく微笑む。そんな京子の姿に六花は視線を走らせていた。
京子の自己申告通り、彼女は中性的な風貌の持ち主だった。ほっそりとした身体つきは線の細い男子生徒と言っても通用しそうだし、凛とした顔立ちは髪形も相まって少年のようにも少女のようにも見えた。
ちなみに六花も短髪で中性的な顔立ちなのだが、肉付きの良いグラマーな身体つきゆえに性別を間違えられる事はまずなかった。
「女装男子の気持ちが少し解った気がするよ。なんてね」
京子はそう言って、狐らしく笑った。と言っても陰惨で蠱惑的な笑みではなく、あけすけで茶目っ気溢れる笑顔なのだが。
世間では妖狐と言えば妖艶で淫蕩な存在であると思う者も少なからずいるらしい。六花はそう言うのは偏見だと思っていた。用心深いが仲間への情は篤い。或いは無邪気で純朴な気質の持ち主。六花の妖狐に対する評価というのはおよそこのような物だった。
「本当に、男の人が女の人の姿になって、女の人らしく振舞わないといけない気分なんだ……不思議な話だけど」
「女らしく振舞うも何も、宮坂さんは初めから女だろう?」
「ちょ、ちょっと梅園さん……」
隣にいる女子生徒(人間)の焦ったような声に、六花は自分が失言してしまったのだと気付いた。思った事をすぐに、半ば衝動的に言葉や行動に移してしまう癖が六花にはあったのだ。雷獣という種族の気質なのかもしれないと六花は思っていた。保護者である月華や、教育係の春嵐などには、もっと落ち着くべきだと小言を言われる事はあったのだけど。
京子は静かな口調でその女子生徒の名を呼び、何でもない事だと首を振っていた。その顔には確かに笑みが浮かんでいた。
「そうだね。確かに梅園さんの言うとおりだよ。僕は確かに肉体的には女だよ。だけど、時々どっちなのか判らなくなる時があってね。まぁその……肉体的な部分じゃあなくて意識的な部分の話だけど」
自分の意識が女なのか男なのか判らなくなるのだ。京子の主張はかいつまんで言えばそう言う事だった。その話を、六花は半ば興味深く感じながら耳を傾けていた。
もちろん、六花とて肉体的性別と精神的性別が真逆になるヒトや、どっちともつかないと思っているヒトがいる事は知っている。しかし、六花自身は心身ともに女だと思って生きている。過去も現在も、そして未来もきっとそうなのだろう。
そんな事を思っていると、京子が六花を見つめ返している事に気付いた。暗い琥珀色の中央にある瞳孔は、針のように細くすぼまっていた。
おのれの肉体の輪郭をなぞる視線を感じていると、京子はやおら口を開いた。
「梅園さんはどうなのかな? 女の子として生まれた事に、疑問とか思う所は――」
「そんなのは無いよ」
向こうが言い切る前に、六花は自分の意見を口にしていた。京子はハッとしたように目を見開き、女子生徒は何故か呆れたような表情を浮かべていた。
「アタシはアタシだもん。雷獣の女で、梅園六花として生きているんだ。今までも、これからもな」
「そうだったんだね。梅園さんって確かに雷獣だもんね」
六花が雷獣である。この事に言及したのが京子だったのか女子生徒だったのか、一瞬判らなくなってしまった。雷獣は短慮で脳筋。そう言われたのではないかという考えに取り憑かれてしまったのかもしれない。確かに人間や妖狐に較べれば、雷獣は単純に物事を捉えがちな個体は多いのだが。
「雷獣って……そりゃあ確かにお狐様や人間様から見れば、雷獣なんて脳筋ばっかりに見えるかもしれないけどさ」
六花は落ち着き払って言い返したつもりだったが、その語尾は若干荒々しくなってしまった。雷獣、特に強大な力を持つ雷獣は単純な思考回路の持ち主である。六花はもちろんその事を知っていた。雷獣の特徴であり、尚且つ弱点でもあるそれの事を。
京子は驚いたように目を丸くし、隣の女子生徒と顔を見合わせた。六花に視線を戻した時には、何故か少し申し訳なさそうな表情が浮かんでいるではないか。
「ごめんね梅園さん。ええと、違うんだ。雷獣がどうとか、そう言う事じゃあなくてね……いや、何て言うのかな。梅園さんは純血の雷獣、純血の妖怪でしょ。だけど僕は半妖で、やっぱり初めからどっちつかずだからさ……」
何処かたどたどしい口調で告げる京子の言葉に、六花はそう言う事かと鈍いながらも納得し始めていた。彼女の父母は妖狐と人間であり、その間に生まれた京子はもちろん半妖だった。概ね妖狐として振舞っているが、母から受け継いだという人間の特徴も彼女は多分に持ち合わせていた。何せ本来の姿からして、狐の姿ではなくて人間の姿なのだから。
或いはもしかしたら、半妖だからこそ京子は色々悩むのかもしれない。窓の景色を眺め始めた京子の姿を見ながら、六花は静かにそう思っていた。
そうしたやり取りを重ねる間に電車は駅から駅へと進んでいく。それにつれて、校外学習に向かうメンバーも集まりつつあったのだ。
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