第9話 いざ校外学習へ

 いよいよ校外学習の日がやってきた。編入生である梅園六花にはもちろん初めてのイベントになる訳であるが、特段緊張するなどと言う事はない。行先はキョート。全校生徒が対象。こういう情報だけを眺めれば大掛かりな感じはするが、つまるところ規模の大きい遠足である。そのように六花は考えていたのだ。

 ついでに言えば、六花は校外学習を楽しみにさえしていた。それは多分、行き先がキョートだったからなのかもしれない。叔父である三國を倣って道真公を信仰する六花であるが、他の神社仏閣にも興味があった。それはもしかしたら、獣でありながら神性を持つと自負する雷獣の性なのかもしれない。

 そんな訳で、六花は意気揚々と駅へと歩を進めていた。右手で先程購入したコーヒー牛乳のパックを握り、空いている左手でほぼ空の通学鞄を提げながら。


(このシーンはドラマ上での演出です。犬猫などの動物にコーヒーを与えると中毒を起こすから真似しないようにするんだゾ。あと、犬猫は牛乳を飲むとお腹を壊す事もあるから注意だゾ:byトリニキ)


 糖分補給だとばかりにストローに口を付けたまさにその時、六花の正面に強い風が吹きつけてきた。一瞬だけ目を細めた六花であるが、その後は涼しい顔で風を受けながら歩き続けた。雷獣には瞼の内側に透明な瞬膜があり、いざという時はそれで眼を護る事が出来るのだ。

 元より雷獣は気軽に宙を舞い自由奔放に天空を遊ぶ事に特化した妖怪である。地上で吹きすさぶ突風などに怯むような事はまずない。

 そう言えば、通学途中に強風にあおられる様子を歌ったPVか何かが、動画サイトでアップされていたよな。輝く銀髪を風に遊ばせながら、六花はそんな事を思ってもいた。もっとも、動画に出てきていた少女と異なり、強風で意気消沈する事はまず無いのだが。

 むしろ、こんな時に飛んでみたら気分爽快だろうな。そんな事さえ六花は思っていたのだ。

 とはいえ実際には、青空の向こうに雲が流れていくのを眺めながら、文字通り地に足を付けて歩くだけだったのだけど。空を飛ぶ妖怪は確かに一定数存在している。それでも、交通網や住居などは地上で活動する者たちに向けて作られている方が圧倒的に多いのだ。それもこれも、空を飛ばずに地上で活動する存在の方が、空を飛ぶ者よりも多いからなのかもしれない。

 六花もそうした現状に従い、歩きで地上を走る電車へと向かっていたのだ。


 校外学習は概ね現地集合だった。教員たちは各自で電車などを使ってキョートに向かっている訳だし、全員が集まっているかどうかの点呼も、最終的には集合場所であるキョートの入り口で行う運びである。

 とはいえ、生徒たちは途中で班ごとに集まり、そこから一緒にキョートに向かうようにと言い含められている。あくまでも校外学習は学校行事であり、自由奔放な旅行では無いのだ。

 そんな訳で、六花たちの班も途中で集まってキョートに向かう事が既に決まっていた。とはいえ、班のメンバーが全員集まる集合場所はこの最寄り駅ではない。乗り換え地点であるイクタ神宮駅が集合場所だった。六花はあやかし学園から徒歩で通学できるが、中には電車を用いて通学している生徒もいるのだ。

 ともあれ六花は最寄り駅である学園広場に到着した。切符を買い、改札は通らずに班員がいるかどうかを確認する。余裕をもって駅に向かったつもりだったが、既に構内はヒトであふれかえっていた。所謂通勤ラッシュの時間に重なっていたのかもしれない。


「梅園さん、こっちだよこっち」


 班員の一人はすぐに見つかった。ヒトの多さに少し面食らっていた六花であったが、おのれに呼びかける声はすぐに聞き取る事が出来たのだ。

 六花はすぐにそちらに向かった。行きの切符は既に購入しているし、声の主と声の方角は把握済みだ。

 班員である宮坂京子は、駅構内の隅にすっと立っていた。彼女は六花に対して屈託のない様子で手招きしているが、六花は京子の姿に軽く驚き、ちょっとだけ反応が遅れてしまった。

 日頃より学ラン姿である彼女であるが、今日は何故か学ラン姿ではなかったのだ。さりとてセーラー服――むしろ六花がセーラー服姿であるが――を着込んでいる訳でもない。相変わらず下は黒のスラックスであるが、上は学ランの上着ではなくてグレーのカーディガンを着込んでいるだけである。カーディガンもその下に着こんでいるブラウスも、ボタンのからしてだった。

 今の京子はズボン姿ではあるものの、一応は女子生徒として通じるであろう出で立ちだったのだ。六花はだから驚いたのだ。宮坂京子は言動のみならず、服装までも男子生徒に擬態していると思っていたからだ。

 そんな風に六花が驚いていると、京子はかすかに首をかしげて六花を見やった。


「どうしたの梅園さん。ちょっとぼんやりしてるけど。校外学習だから、やっぱり緊張してるのかな?」


 いいや、違うよ。京子の問いに六花は即答した。緊張しているの、と問いかけた京子こそ緊張しているのだ。その事に六花は目ざとく気付いていた。

 現に京子は、尻尾を伸ばして腰に巻き付けるようにしているではないか。

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