第3話 狐娘、噂話に赤面す

「ああもうっ。何だって皆は僕たちが何をやっているのか気になって、それだけに飽き足らずああだこうだと話し合うのかなぁ」

「まぁまぁ、細かい事は気にすんなって。宮坂さんってば神経質な所があるもんなぁ。アタシなんかは有名税だと思ってむしろ嬉しい位だけどなぁ」


 京子が思わずぼやくと、六花は無邪気な笑みを浮かべながら肩に手を添えてきた。中庭に集まっていた生徒ら(男子も女子もいた)は、既に散り散りになっている。こっそりと見に来るくらいならば初めから来ないか、それとも何をしているのかと質問すれば良いのに。そう思いながら、京子は密かにため息をつく。

 そんな京子の姿に、何かを思い出したと言わんばかりに六花が再び口を開く。


「てかさ、そもそも宮坂さんって女子たちから人気あるんだろう? ファンクラブだか親衛隊だかもあちこちで見かけるけどなぁ。ラス子とフェネックちゃんの二人組とかさ」

「それもそうだけど……」


 京子はまたしてもため息をついた。宮坂さんだって取り巻きを従えているんだろう。暗に六花にそう言われたように捉えてしまったためだ。

 確かに、京子も自分を慕う女生徒たちがいる事は知っていた。だが、京子は彼女らを利用したり、煽動しようと思った事は一度もない。強いて言うならば、彼女らの抱く幻想を壊さぬように心を砕いていたくらいであろうか。だからそういう意味では、彼女たちは京子の取り巻きではない。

 それにそもそも、六花の何気ない発言に悪意を感じてしまう事そのものが間違いなのだ。京子は知っている。今の自分――正確にはだが――には、いささか過剰な被害妄想や疑心暗鬼の気がある事を。相手の言葉を勘繰り、そうして勝手に疑念を深め、息苦しくなってしまう。用心深い女狐のように。

 おのれの思考の癖が悪い癖である事は解っている。だがそれでも、その癖を治す事は難しかった。夏が近づいているのだから尚更だ。


「というかさ、宮坂さんと梅園さんの二人がくっ付いて、それで仲良くしているから、皆注目しちゃうんすよ」


 ここにきて、第三者の声が京子の鼓膜を震わせる。京子たちのクラスメートの一人、妖狐の野柴珠彦が声の主である。彼も様子を見に来た生徒らの一人だったのだろう。だが京子は知っている。彼がかつて、六花を呼び出して告白した事も。告白自体は断られたものの、友達同士という間柄に落ち着いて、六花とはよく行動を共にする姿も目撃していた。

 その珠彦は、二本ある尻尾を出鱈目に揺らしながら言葉を続ける。その顔は何故か火照ったように赤らんでいた。


「というよりも、俺たちの間ではさ、宮坂さんと梅園さんが付き合ってるのかもしれないって噂まで流れているくらいですし。それにさ、まぁ最初のうちは色々あったけど、でも今じゃあ二人とも結構仲良いじゃないですか」


 実際どうなんすか? 無邪気な様子で珠彦は京子と六花に問いかける。

 京子が六花と付き合っている。唐突な噂に瞠目しつつも、六花に視線を向けた。六花もまた、京子の瞳をじっと見つめている。

 そしてややあってから、六花が豪快に笑いだした。京子もおあいそで軽く笑い声をあげた。


「あっはははは。そうかそうか。アタシと宮坂さんが付き合ってるかも知れないって皆思ってるんだな。違うよ違う。アタシらは友達同士だけど、別にそう言うんじゃあないからさ……宮坂さんだってそうだろう?」


 六花に話題を振られた京子もまた、その通りだと頷いた。


「梅園さんとは仲良くなれたけど、別に、れ、恋愛感情とかじゃあないよ。それに、僕が好きなのは米田先生だから……」

「そうそう、そういう事やぞ野柴君。んで、アタシはまぁ、付き合うんなら逞しい雷獣の男って決めてるからさ。でも今は、彼氏は別に作らなくても良いかなって思ってるんだよ。まだ高校生だし、やる事もたくさんあるからさ」

「高校生ならやる事もたくさんある、かぁ。確かに梅園さんの言う事も一理あるっすね……」


 あけすけの六花の言葉に、珠彦も面食らいつつ愛想笑いするほかないらしい。一度告白を断った相手に「付き合う男はこんな奴が良い」と宣言するあたりがいかにも六花らしかった。あけすけでありながらも、清々しいほどに嫌味が無い所も含めて、だ。

 いずれにせよ、六花の恋愛対象は男性であり、尚且つ同族たる雷獣である事には変わりはない。


 急に振られた恋愛話に目を白黒させた京子であったが、その後は珠彦を交えた三人で他愛のない話を行い、その話が一段落したところで解散と相成った。もちろん、京子は肩に止まったホップが何処かに行かないように気を配る事は忘れない。

 去り際に、珠彦はほっとしたような、何とも穏やかな表情で京子を見つめていた気がする。同じ妖狐仲間として、珠彦とはそこそこ仲が良かったのを、京子はふと思い出した。

 もっとも、そんな日々はもう戻ってこないのだけど。

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