第2話 妖怪少女たちのひとこま:雷獣娘と食べ物談義
のろのろと石畳の上を這うカタツムリを、京子はためらわずに摘まみ上げていた。
虫などの類には苦手意識を持つ京子であるが、カタツムリに対してはそんな苦手意識は特に持ち合わせていなかった。巻貝のように貝殻を背負っている姿が何となく可愛らしさなどを感じるからなのかもしれない。
未だに自分の傍をウロウロしていたホップが、観念したように手の上に飛び乗り、そのまま定位置(?)である肩の上に戻ってくれた。京子は横目でそれを確認してから、カタツムリに視線を戻す。急に拾い上げられて持ち上げられた事にカタツムリも気付いたのだろう。薄い褐色の身体をくねらせ、あるいは殻にその身を引っ込めようとしているようだった。
「どーしたんだ、宮坂さん。カタツムリなんて捕まえちゃってさぁ。もしかして、放課後のおやつとか?」
京子の斜め後ろから声が掛けられたのは、カタツムリを何処に置いてやろうかと思案していたまさにその時だった。カタツムリを片手に京子は振り返る。と言っても、誰が話しかけてきたのかは、声でとうに解っていたが。
振り返った先にいたのは、雷獣の少女にしてクラスメイトの梅園六花であった。彼女もまた園芸部員として活動に勤しんでいたらしい。普段のセーラー服姿ではなくて上下とも体操服を着こんでいた。短く癖のある銀髪は光の加減で水色や黄金色に輝き、宝石のような翠眼には無邪気な光が灯っている。たまたま京子を見かけ、嬉しくなって声をかけたという風情だった。そして実際その通りなのだ。一度おのれの威信と地位をかけて決闘を行った間柄であるが、その後は互いに打ち解けていたのだから。
それはそうと、京子は軽く眉根を寄せつつ六花を見つめていた。カタツムリをおやつと称した六花の言葉に、若干の戸惑いを覚えたためだ。妖怪たちであっても、種族が違えば食性も異なる事は京子も知っている。と言っても、その事をすぐに思い出すかどうかは別問題だ。
「なぁ宮坂さん。もしもカタツムリを食べるんならさ、ちゃんと火を通してからじゃあないとだぞ。恐ろしい寄生虫とかが潜んでいるらしいから、生焼けだと危ないって聞くし」
「カタツムリなんて食べないよ!」
大真面目な様子で語られた六花の言葉に、京子は思わずツッコミを入れた。カタツムリを食べると思われていた事に対する若干の怒りと、もしかしたら六花がボケをかましたのかもしれないと思ったがための対応だった。ボケに対してはツッコミで応じる。京子もまた、カンサイ人の習性からは逃れられなかったのだ。
(とはいえ、カンサイ人だからと言って「面白い事言って!」と無茶ぶりをするのはやめようね! byトリニキ)
京子はしかし、少し口調が強かっただろうかと反省してもいた。未だに摘まみ上げているカタツムリが、驚いて殻の中に閉じこもったからでもあるのだが。
「僕はただ、カタツムリが踏まれないように移動させようと思っただけさ。カタツムリだから、紫陽花の傍に戻しておけば良いのかなって思ったんだけど……」
言いながら、京子は手にしていたカタツムリを花壇の植え込みの中に転がしておいた。一応、殻の入り口を下にしておいたので、後でカタツムリが出てきてもそんなに困りはしないだろう。
六花はその様子を見守っていた。そして京子と目が合うと、いたずらっぽい笑みをこちらに向ける。ふと思い立って、京子は六花に問いかけた。
「もしかして、梅園さんはカタツムリとかも食べるのかな」
「いっつも食べる訳じゃあないけど、たまに食べる時もあるよ」
あっけらかんとした六花の言葉に、やはりそうだったのかと京子は密かに納得していた。
繰り返しになるが、妖怪であっても種族が違えば食性も違う。猫又はほぼほぼ肉食、妖狐や犬妖怪は肉食に近い雑食、そして雷獣は雑食と言った塩梅である。
雑食と言えば人間に近い食性のように思えるが、雑食の妖怪が人間と同じものを口にするわけでもない。ネギ類やチョコレートなど、人間が普通に口にする物で妖怪が体調不良を起こす事も珍しくないし、逆に人間が食用だと思っていないものを妖怪たちが口にする事もままあるのだ。
だからこそ、京子はカタツムリを食べる事もあるという六花の発言に、納得した訳である。知識として、雷獣が時に昆虫やカエルなどの小動物を口にする事も京子は知っていた。六花が純血の雷獣であり、これまた雷獣と鵺の叔父夫婦に育てられた事を思えば、何らおかしな事ではない。
「もちろん、ちゃんと加熱するのは忘れないけどな。お肉でも魚でもカタツムリなんかでもさ。あと卵も」
ちゃんと加熱するのは忘れない。そう言った六花の顔は、真顔を通り越して少しばかり強張っていた。
カタツムリを食べる事もあると豪語して笑っていた六花であるが、彼女もまた苦手な食べ物があったのだ。海産物全般と生モノや十分に火が通っていないものである。これもまた、雷獣という種族によるものだった。雷獣には雷撃で獲物をしとめるという習性があり、いわば十分に火が通った状態で肉を口にするのが常だった。彼らにしてみればむしろ生肉等は不自然な物であり、だからこそ気味悪がって食べないのだという。
更に言えば、六花は幼い頃に叔父に引き取られたという経緯を持つ。六花の叔父も当時は子育ての経験はなく、姪である六花に対して若干過保護に接していた事もまた、六花の中にある生モノへの忌避感を強めていたらしい。
「うん。確かに玉子焼きとかでも、ちゃんと火を通した方が良いって言うもんねぇ……」
言いながら、京子は少しばかり気恥ずかしさを覚え始めた。頬が火照っている事は、顔面に熱い血が集まっている事で感じ取っていた。
「僕も時々玉子焼きくらいは作るんだ。だけど、外は焦げかけてるのに中は半熟とか、そんな感じになっちゃうんだよね。それかかき混ぜすぎてまとまらなくなったりとかさ」
「半熟はさておき、かき混ぜ過ぎちゃうのはまあ良いんじゃないの? スクランブルエッグとか玉子そぼろだと思ったらそんな気もするし」
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕、実は料理がそんなに得意じゃあないからさ」
「別にそんなの気に病まなくたって大丈夫だって。何度もやってたら料理でも覚えるし」
六花はそう言うと、快活な様子で京子に笑いかけていた。彼女の態度は時に荒々しく見える事もあるが、元気をもらえたり勇気づけられたりする事もまた事実だ。
カタツムリは既に何処かへと姿を消していた。
その事に安堵した京子が立ち上がると、中庭のそこここで京子たちの様子を窺っている生徒らがいる事に気付き、密かにため息をついたのだった。
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