第30話 理事長への決闘許可申請
決闘制度を利用する。梅園六花と宮坂京子の両名がそのように宣言をしたのは、朝のホームルームの後の事だった。しかも二人とも、ホームルーム後にこっそり担任や副担任に耳打ちするなどと言う可愛い手段は取らなかったのだ。
月曜だというのにやる気に満ち満ちていたのはそう言う事だったのか。休日の気分が未だ抜けきらぬトリニキは、ぼんやりとそんな事を思っていた。
決闘制度を口にした六花と京子の両目はキラキラと、いやギラギラとした輝きを伴っていた。獣の本能を、或いは妖怪としての魔性をトリニキに知らしめるかのように。
その眼のぎらつきは、二人が愛らしい風貌の少女だったからこそ一層異様さを示していた。彼女たちがあくまでも妖怪――宮坂京子は半妖であるが、種族自認は明らかに妖狐のそれなので、妖怪と見做して問題無かろう――である事を、トリニキは思い知るほかなかった。
「決闘制度の申し込み、だね」
ため息の後に口を開いたのは今宮先生だった。彼は化け狸らしいつぶらな瞳で二人を見つめている。
「その件に関する打ち合わせは、鳥塚先生と一緒にやるつもりだけど、二人とも予定とかは大丈夫かな?」
「梅園さん……」
今宮先生の言葉を受け、トリニキは小さく呟いていた。特に六花の放課後の予定が気になったのだ。園芸部が、おおむね毎日行われている事は、副顧問であるトリニキも知っている。
しかも六花は比較的真面目に部活に顔を出していたのだから尚更だ。
余談であるが、京子の放課後の予定についてはさほど注意を払ってはいなかった。文芸部に所属しつつも幽霊部員である彼女は、放課後は気まぐれに自由に過ごしていた事も知っていたのだ。
「今日の放課後ですね。僕は大丈夫ですよ、今宮先生に鳥塚先生」
京子の返答は予想通りの物だった。彼女は白皙の面に微笑をたたえながら言い足した。
「どの道このお話は早めに決めておきたいものですからね。ただ、梅園さんのご都合がどうなのか、そこだけが気がかりではあるのですが」
「アタシだって、今日は予定を空けるつもりだよ!」
流し目で見やる京子に対し、六花は即答した。気が昂っているのは背後で大きく揺れる二尾を見れば明白だ。
だがその昂りも、今宮先生やトリニキの視線に気づくとやや収まった。
「もちろん、園芸部の皆には……垣内部長には放課後までに訳を話しておくけれど。何も言わずに顔を出さないのは申し訳ないからさ」
しおらしい表情を浮かべ、六花はそう言った。編入生であるので園芸部にも入って間がない六花ではある。だが教師の目線からしても、彼女は十分園芸部に馴染んでいるらしかった。垣内部長の覚えもめでたく、六花もまた部長を敬い他の部員とも馴染もうとしていた訳だし。
トリニキはだから、律義さを見せる六花を安心させようと笑いかけた。
「大丈夫だよ梅園さん。入部して間がないけれど君が真面目にやっているのは僕たちも知っているし、決闘制度の打ち合わせとくれば、部長たちも解ってくれるだろうからね」
トリニキの言葉に、六花もまた笑顔を見せてくれたのだった。
※
その決闘が正当な物と呼べるか否か。それをどのようにして判断するのか、トリニキにはよく解らなかった。無理からぬ話だ。トリニキとてこのあやかし学園に赴任して一週間ばかり経っただけに過ぎないのだから。決闘制度があるのだって、数日前に米田先生に教えてもらったからだった。
それはもしかしたら今宮先生も同じ事だったのかもしれない。そうでなければ――そのまま二人の生徒と共に理事長室に直行しないだろうから。トリニキの見た規約では、まず担任が判断を下し、それから理事長や第三者機関に許諾を求めると書かれてあったではないか。但し、それを六花や京子は知らないのかもしれない。それじゃあ理事長に聞いてみようか。打ち合わせ開始五分でそう言った今宮先生に、何ら疑いの眼差しを向けてなどいないのだから。
理事長室は思いのほか質素だった。教室よりもうんと狭く、その狭い壁の両側に本棚が据えられ、その中央に執務用の机があると言ったごくごくシンプルなレイアウトだった。だがそれでも、部屋のあるじたる浜野宮理事長自体が圧倒的な存在感を放っていたために、執務室は重厚な雰囲気に覆われていた。ついでに言えば執務室の手前には理事長とは別の人物……
その
ちなみにこの妖物が何者であるかは、すぐに浜野宮理事長が教えてくれた。萩尾丸と言う名の大天狗であるらしい。彼こそが第三者機関の代表であり、浜野宮理事長ともまぁ色々と縁故のある妖物なのだそうだ。
「……決闘の申請ですか」
今宮先生がかいつまんで説明すると、浜野宮理事長は小さな声で呟いていた。それから彼の視線は、さながら秘書のように控えている萩尾丸の方に向けられていた。
「わが校で決闘が行われたのは何年ぶりでしたっけ」
「私の記憶が正しければ、前回行われたのは十九年と二か月前の事だったかと思われます。比較的最近の事では無いでしょうか……私どもの尺度では」
前に決闘が行われたのは十九年前の事である。それを最近の事と言ってのけた萩尾丸の言葉に、トリニキは息を呑んだ。十九年前と言えば、トリニキはまだランドセルを背負った小学生に過ぎない。梅園六花だってまだ幼子だっただろうし、宮坂京子に至ってはまだ産まれてはいないはずだ。
「あはは、理事長も萩尾丸様も長く生きておられますから、その辺はおおらかにカウントなさるんですかねぇ。ですが、鳥塚先生たちが困っておいでですよ」
おっとりとした口調ながらも今宮先生が助け舟を出してくれたのは有難かった。しかし考えてみれば、二十年程度の歳月を短いと理事長と萩尾丸が言ってのけるのも無理からぬ事だと思ってもいた。浜野宮理事長は既に九百年も生きているという。萩尾丸の年齢は定かではないが、よもや百年や二百年生きた程度の若者では無かろう。
「それはそうとだね。私としては梅園さんが決闘を選ぶであろう事は薄々解っていたんだよね。何せ君は――三國君の姪なんだからさ」
自分がここに呼ばれた理由は解っている。そう言いたげな様子で萩尾丸は言い放った。六花も直接言葉を発したわけでは無かったが、不敵な笑みと眼差しでもって、その言葉を受け止めているではないか。
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