第27話 トリニキ、決闘ルールを知る
梅園さん。米田先生は六花を見据え、決然とした様子で呼びかけた。
「拳で語るというスタイルは、もしかすると貴女たちにとっては避けては通れないものかもしれないわ。私としても、穏便に事が進めばと思ってはいたの。とはいえ、妖怪たるもの闘わねばならない時はあるものね。
でも安心して頂戴。うちには、あやかし学園には決闘制度がありますから」
「け、決闘だって!」
素っ頓狂な声を上げたのは、もちろんトリニキである。六花は特に驚いた様子は見せていない。むしろ唇の端を上げ、満足げな笑みをうっすらと浮かべているくらいだった。
決闘ってどこぞの漫画みたいだな。と言うか決闘するんだったら安心できないじゃないか。疑問とツッコミがトリニキの頭の中で出口を求めてグルグルと駆け巡っていた。
「鳥塚先生が驚かれるのも致し方ありませんわ。先生は確か、人間向けの学校に通われていたとお伺いしておりますし」
米田先生の言葉にトリニキは頷いた。彼女の言葉は全くもってその通りだったからだ。
それに、妖怪であると言えども梅園六花と宮坂京子はいずれも可愛らしい少女である。そんな彼女らが決闘し相争う姿は上手くイメージできなかった。
と言うよりも、宮坂京子が積極的に闘う姿をイメージできなかったという方が正しかった。梅園六花はまごう事なきスケバンであり、トリニキを護るために他の妖怪と相争った所を目撃した事もあるのだから。
「妖怪には妖怪の生き方があるでしょうからね。すみません、先程は取り乱してしまいました」
「大丈夫ですよ、鳥塚先生」
謝罪するトリニキに対し、米田先生は優し気な口調で応じるだけだった。教師同士の話を聞いている六花も、何故かドヤ顔で頷いていたのだが。
「確かに、妖怪同士では人間相手の時とは異なり、相争う頻度も多いかもしれません。ですが、ことあやかし学園内では、浜野宮理事長の意向もあり、決闘方式を取り入れているのです」
理事長たる浜野宮灰高は、元々は多くの天狗・妖怪らを従える一軍の将であったという。今では学園を運営し、全盛期の頃よりも丸くなってはいるらしい。それでも、天狗としての気質や特性を捨て去ったわけでは無い。米田先生の説明はおよそそのような物であった。
「浜野宮理事長はやはり天狗ですからね。闘う事に勇を見出しやすいのでしょう。それに、若い妖怪が時に血の気が多く、それを健全に発散せねばならない事も、我々よりも十二分にご存じでしょうし」
だからこそ、あやかし学園には決闘制度が設けられているのだ。米田先生の解説は、ここで一度終着点を迎えたのだった。
ここまでの話を聞いたトリニキは、その視線を梅園六花に向けていた。合法的に闘える事を知った六花が、果たしてどのような反応を取るのか。それによってトリニキの指導も変わってくるのは言うまでもない。
「決闘制度か。ここの理事長は九百年も生きているから化石みたいなじいさんになってるかって不安だったけどさ、中々話の解るじいさんみたいじゃないか。ははは、理事長の事、ちょっとは好きになれるかもしれないな」
猫めいたいたずらっぽい笑みを浮かべていた六花は、次の瞬間には表情を引き締めて言い放った。
「宮坂京子と決闘するかどうかって事だろう? 面白いじゃないか。むしろ願ったり叶ったりってやつだな」
「梅園さん!」
トリニキはまたも声を上げてしまった。六花は既に決闘に対して乗り気である事に、情けないが驚きが強かった。たとえそれが学園内でルール化されたものであったとしても。
うろたえるトリニキの姿を見ると、六花がふわりと微笑んだ。先程まで見せていたどうもうなえみとは違う、優しく儚げな笑みである。ある意味彼女らしい笑顔に何も言えないでいるうちに、六花は言葉を紡いだ。
「鳥塚センセも聞いただろう? 宮坂さんはアタシを何かと目の敵にしているみたいだし、アタシだってずぅっとその状況に甘んじるつもりはないってね。バチボコやるのは良くないかなって遠慮してたんだけど、学園の方でお膳立てしてくれるんだったら、それに乗るのも手だと思うんだ」
六花は一度そこで言葉を切ると、一呼吸おいてから言い足した。
「なぁに、鳥塚先生は心配しなくて大丈夫さ。アタシは負ける気なんか無いし、まぁ負けた時は負けた時で宮坂さんに従うつもりだからさ……宮坂さんも、アタシを打ち負かしたとしても無茶ぶりをかますような感じもしないし」
「やはり梅園さんは決闘に対しては前向きなようね」
黙って話を聞いていた米田先生がここで口を開いた。
「梅園さん。貴女が決闘を前向きに検討する事は先生にも解っていたわ。妖怪としての道は闘いにある。保護者である三國さんからそのように育てられていましたからね」
叔父であり養父である三國の名を出されると、流石に六花も気恥ずかしそうな表情を見せていた。
米田先生は気にせずに言葉を続ける。
「とはいえ、決闘に関しては幾つもの制約があるの。安全性も考慮したうえで行う事には変わりないけれど、お互いの名誉をかけて行われるものですからね。
前提条件として、両者が決闘に参加する事に合意している事が確認できないと、そもそも決闘を行う事は出来ないわ。実を言えば、この決闘制度も私がこの学園に赴任してから二度しか行われていませんし……私も、短いと言えどもかれこれ三十年はここで教鞭を取っているのですが」
三十年で短いとはたまげたなぁ。さらりと告げられた米田先生の言葉に、トリニキは場違いながらもたまげてしまった。だが妖怪とはそういう物なので致し方なかろう。
私の言っている事は解るわよね、梅園さん。米田先生のその言葉に、六花は短く笑って頷いていた。
「解りますとも米田の姐さん。と言うよりも、宮坂さんとてアタシと決闘したいって思っているんじゃあないんですか。米田の姐さんが、闘いの重みを知ってる事はアタシだってきちんと解ってるよ。雇われ兵として働いていたって事は叔父貴から聞かされていたからさ。
その姐さんがわざわざ決闘の事を話したって言うのはさ、宮坂さんも決闘を強く望んでいるって事だろう?」
「それはこの場では断言できないわ、今はね」
今や不敵な笑みを見せる六花の問いかけを、米田先生はそれとなくかわした。
「宮坂さんにとっても重要な選択になる事だから、易々とやってみるなんて彼女も言えないのよ。
だけど、場合によってはぶつかり合わなければならない事もある。それは私も同じ意見なのよ」
決闘に関する話については、米田先生のその言葉で締めくくられることになった。時間の関係上、決闘の詳細なルールの説明は別の機会に持ち越され、要点だけを手短に聞かされるだけに留まってしまったのだが。
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