第7話 ヒナゲシ引き出す生物語り

 放課後。梅園六花は園芸部の部員や副顧問と共に畑の一つに出向いていた。

 私立の中高一貫校という事もあり、あやかし学園はとかく広大な敷地を有していた。それは畑などの園芸スペースも例外ではない。

 この度行うのは草引きだった。例によってサツマイモだのナスだのを植える訳なのだが、その間に茂った雑草たちをどうにかせねばならない。

 ざっと視線を走らせただけでも、果たして雑草たちの姿は目についた。猫草のようにツンツンした葉を茂らせているイネ科の植物や、ロゼッタ状にへばりつく丸い葉の植物たちが思い思いに点在し、生を謳歌していた。もっとも、その植物たちを六花たち園芸部員は容赦なく引き抜くつもりなのだが。

 そんな風に意気込んでいた六花の目を引いたのは、しかし引き抜くべき雑草たちではなかった。畑の周囲を眺めていた彼女の視線は、いつしかポピーの花に吸い寄せられていた。

 道路脇などを見れば頼まれもせずに花を咲かせて種をまき散らすポピーも、考えてみれば雑草の一種になるだろう。しかし、針金でも入っているかのようにしゃんと茎をのばし、やや紅がかった濃いオレンジの花弁を開いて誇らしげに咲く様に、六花はしばし見とれていた。

……いや、ヒラドツツジみたいに今年もポピーが咲くのはちと早いと思ったんだ。それで、ついつい見ていただけだ。六花は心の中で言い訳をして、しかしポピーがぬっと咲く所へと近づいていた。見れば大きくしゃんと伸びているのは一株だけであり、隣の数株は小さく貧弱だった。茎の丈も半分ほどしかなく、花びらの大きさに至っては三分の一ほどではないか。

 ポピーなどは春の終わりに咲く花としてよく見かけていたはずであるが、いざまじまじと眺めてみると何かと不思議な所がある。


「……ナガミヒナゲシに興味があるのかな、梅園さん」


 隣で落ち着いた大人の声がして、六花はハッとした。見れば鳥塚先生がさも当然のように隣に立っているではないか。口許には猫のような笑みが浮かんでいたが、六花を見つめる眼差しは大人のそれであり――教師のそれでもあった。


「種が詰まっている身の部分が細長いから、長い身のヒナゲシって事で、ナガミヒナゲシって名がついているんだよ。まぁ……先生も生物をやっていたからそんな事を知っていただけで、そんな風に長々と『あ、ナガミヒナゲシだ!』って言うシーンがあるかどうかは解らないけどね」


 鳥塚先生はそう言って微笑んだ。彼は来年で三十路を迎えるという。所謂アラサーだ。しかしこうして六花たちに話しかけたり笑ったりする姿は年齢以上に若々しく思えた。もっとも、六花は純血の雷獣で鳥塚先生は生粋の人間である。種族が違うから歳の取り方も違うし、そもそも日本人は若々しく見えるのだと何かで聞いた覚えもあった。


「べ、別にアタシは花が気になっただけで……」


 言いながら、六花は気まずさを感じて視線を彷徨わせた。それから、気まずさを感じているという事に痺れるような苛立ちを感じてもいた。別にサボっている訳でもないし。いや……アタシが考え事をしている所にトリニキ先生が割り込んできたから、縄張りを侵されたような気分になっただけじゃないか。

 ああ、何だかんだ言いつつもアタシも動物と同じだな。そう思う事で六花は落ち着きを取り戻した。ちなみに痺れる感覚を抱いていたが、実際に少し放電していたらしかった。その辺りは気を付けないと、後で月華たちに叱られてしまう。

 梅園さん……? 鳥塚先生は、先程とは違う声音で呼びかけていた。少し戸惑ったような、申し訳なさそうな声音だった。


「良いんだよ梅園さん。今は授業じゃなくて部活なんだからさ。そんなに気を張らずに、のんびりまったり活動してもらったら良いんじゃないかって先生は思ってるくらいだしね。

 それにそもそも、梅園さんは園芸部の活動も頑張ってると先生は思うよ」

「褒めて貰ってありがと」


 鳥塚先生の言葉に、六花は素っ気なく返答しただけだった。その言葉に深い意味は無いのだろうが、正面から頑張っていると言われると何ともむず痒い物があった。特に鳥塚先生が愚直な教師だから、尚更であろう。


「ナガミヒナゲシ……」


 アタシはポピーって呼んでるんだけど。六花が言うと、鳥塚先生は茶目っ気たっぷりな表情で訂正した。


「ああ、ポピーだね。確かにその方が呼びやすいよね。どっちにしろ雑草のわりに目立つ花だから、気になっちゃう子もいるよね」


 君だってそうでしょ? 鳥塚先生が声をかけたのは、いつの間にか彼の傍にいた妖狐の少女である。中等部の生徒で、当然のように妖狐の半妖である宮坂京子の事を慕っていたはずだ。と言っても、あの決闘の後からは六花にも言葉を交わすようになってくれていたが。決闘によって学園での地位を得るという目的は、真に果たされたのだ。

 ともあれ、妖狐の少女は尻尾を振り振り頷いていた。鳥塚先生に急に話題を振られたというのに驚いた素振りは特に無い。


「はい。私はどちらかというと、花よりも実や種で遊んでいた口なんです。枯れて乾いた実を潰して、中の種を取り出して遊んでました。砂粒みたいなのがさーっと入ってて、ちっちゃい頃はそれが何か面白くって……」

「確かに。アタシもそんな風に取り出して種をまき散らしたりしてたなぁ」

「ポピーはたくさんあちこちに生えてるもんね。そうやって遊びたくなるのも解る気がするなぁ」


 そんな風に話していると、妖狐の少女がふいに思案顔を浮かべて首を傾げた。


「でも一つ不思議な事があるんです。ポピーの花や実は大きいのとか小さいのとかがあるのに、種の大きさは同じなんですよね。私、あれが子供のころから気になってたんです」

「ああ確かに。あれは不思議だよなぁ」


 この子も色々な物をよく観察しているのだろうか。そう思いつつ六花も頷いた。

 ところが、鳥塚先生は微笑ましげにそれを見ているが、驚いたりするそぶりは見せない。そこはやはり彼が大人だという証拠のように思えた。実際には、六花や妖狐の少女よりも実年齢的には年下であるはずなのに。

 良い質問だね。どこぞの博学なコメンテーターばりの台詞が、鳥塚先生の口から滑り出たのだ。


「株の大きさ、親の植物の大きさがまるきり違うのに、子供である種の大きさが同じなのはどうしてかって事だよね。それはね、トリの卵がほとんど同じなのと似たような理由なんだ。よく考えてごらん。確かにスーパーとかで売ってる卵には大きさのばらつきはあるけれど、さりとて二倍、三倍も大きさが違うって事は無いだろう……」


 質問を発端に、鳥塚先生の解説が始まった。もしかしたら生物の授業でもこの話は聞かせてくれるのかもしれない。六花はそんな風に思った。

 かくして、春の終わりの放課後は平和に過ぎていったのだ。

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